おちゃっぴい -江戸前浮世気質

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おちゃっぴい―江戸前浮世気質 (徳間文庫) おちゃっぴい―江戸前浮世気質 (徳間文庫)徳間書店 2003-05
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宇江佐真理著

「たば風」で宇江佐さんに大期待を抱くようになって、さらに回ってきたのがこの作品です。多分こういう短編集がこの作家の独壇場なのだろうと思います。「深川恋物語」と同系列で同じくらい好感を抱ける作品群です。良いです!この六作品に登場する人々は同じ町内の馴染みの顔ぶれのように私はすっかり顔見知りになってしまいました。毎朝「おや、はっつぁん、お早いお出かけだね」なんて声掛け合っているような。
この作家は物語の舞台で登場人物を生かせる術を本当によく知っている人なんだ!という嬉しさ。
先日「下駄屋のおけい」を朗読材料に取り上げたいとサークルのある人が言っていたけれど、私は「概ね、よい女房」を取り上げたいな・・・と、思う。家賃を払えるか払えないかのキリキリの生活の中での長屋の女房達の気概も優しさも物凄く良い!けれど、その仲に入り込んできた不協和音のおすてを受け入れるまでの経緯がなんともいえない!そしてその傍らを流れる男たちの奏でる曲想も実にいい。良質の絡み合い!
人付き合いの下手な私でも明日は何とかなるかもしれない・・・という期待を抱かせてもらえる。ちっとも心を開けないくせに・・・明日上手く心を開けるかも・・・小さく開けた隙間から誰かが微笑みか何気ない一言を注いでくれるかもしれない・・・みたいな?
生活からにじみ出る慰めやいたわりが思わずこぼれる小さなグチや悲しみを柔らかく揉みほぐしてくれる・・・まるで体内に入り込んだ異物を粘液がくるみこんで痛みを消してくれる・・・そんなような世界。
 

たば風

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蝦夷拾遺 たば風 (文春文庫) 蝦夷拾遺 たば風 (文春文庫)文藝春秋 2008-05-09
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宇江佐真理著
北海道松前藩が何らかの形で関わっている短編6作
サークルで宇江佐さんの作品を勉強してみようかという提案があって数冊の本が仲間の間を回遊しています。その一つが先日読んだ「深川恋物語」で続いて回ってきたのがこの本でした。この本で「おや?」と改めて作者を見つめなおしたようです。今までに読んだ作品は江戸物、「おきゃんな語り口に江戸言葉をいっぱい上手にちりばめ使いこなす巧者な作家だ」というイメージでした。でもこの作品はこの作家が実に時代小説作家だと言う事を主張しているという印象でした。おかしな事を書きましたが・・・この作品群短編6作はしっかりと手ごわい読み応えを感じさせました。「渾身の作」とか「畢生の作」とかよく惹起言葉にありますがまさにそれに近い感がありました。作家が函館出身と最後に読んで納得です。
真に書きたい物を模索した作品群だという手ごたえがあったのです。
多分にそれは「錦衣帰郷」のせいだと思います。この作品の後ろには松浦武四郎とか北海道の地誌に名を残す有名無名の人々の姿が重層になって浮かび上がってきます。搾取という大文字で書きたいような松前藩やその御用商人たちだけでなく、土地の人々を思った心ある人たちの霞のような姿も浮かび上がってくるようでした。「ご苦労ざまで御座います」
頭を下げたいような出世の裏側に隠れた人生が見事に描き出されていました。この作品群ではこれが一番素晴らしい作品と思いましたが・・・「恋文」の妻はいいなぁ・・・と思います。この作品の中の女性達は皆見事に命を得ていたと思えました。
 

道、絶えずば

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道絶えずば、また
道絶えずば、また
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松井今朝子著

7月に松井さん4作目に新聞に新刊案内で読んだこの本を予約しました。
勿論今まで待っていたから即今読み終えたところなわけです。
ところが読み始めて失敗したことがわかりました。この作品には「非道、
行ずべからず」という前編があったのでした。その前編の5年後の多分どうやら同じ顔ぶれが登場する新しい歌舞伎中村座から始まる殺人事件を描いたもののようでした。まずこちらを先に読むべきだったかもしれません。                               登場人物を挙げて見たいほどなんか歌舞伎ファンには嬉しそうな・・・感じですが。
前三作、私が読んだ松井さんの作品は絶品!でした。でも、残念ながらこの作品もしっかり書かれていながら・・・のめりこむ面白さはありませんでした。前の作品をちゃんと順に読んでいたら登場人物たちにもう少し思い入れが出来ていたのかもしれません?
それにしても冗漫の印象があります。
有名名代の絶世の女形の異常な死から幕を開け、無垢な?町人が何人も殺され、その探索が難渋を極めている。それと閉口して偉大な父に先立たれ襲名を控える血の繋がらない兄弟の女形の芸と父の謎の死に揺れる芸道の話とが交差する。構造的には隙の無い構築物が出来上がりそうな期待を感じさせてくれるのに・・・今ひとつ本にのめりこませる力が不足しているような。なんだろう?
読みながらこの面白くならなさは何が原因なのだろうと考えている。
それぞれの登場人物の心の描き方が、視点が、作家にもう一つ愛情が無いような。突き放した客観性が生ききれていないような。
「あなたも彼らのことが本当は分かっていないんでしょう?」と、聞いて見たくなるような。宇源次が足を突っこんでいる泥沼はあるのだろうし分かろうとすれば分からないではないのだけれど・・・それじゃぁその向うに居る筈の市之介はどうだ?というと・・・彼の葛藤は簡単に乗り越えてしまったようじゃないの?本当はそうじゃなかったろうに・・・言葉と時間でごまかしちゃったのね・・・みたいな片手落ち。とまぁ私にはこの二人の葛藤がもう少し書かれていて欲しかったんだなぁ・・・と、自分の感想を覗き込んでいる。事件の解決のまだるっこさが役者の葛藤をもだらだらとしまりの無いものにしてしまったような気がする。
う~ん、「非道、行ずべからず」を読んでみないとこの作品の感想を書くのは非道なのかな?作中の人物が肝心の宇源次を始め道具方はもとより、理市郎も笹岡ももう一つ人間として見えてこなかったのです。
 

暴雪圏

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暴雪圏 暴雪圏新潮社 2009-02
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佐々木譲著
この作家の警察物、「笑う(うたう)警官」「警官の血」に次いで三作目。
前二作と比べて警官物という意味では薄い感じがした。それでも前3作に劣らず面白く読めたのだけれど。
北海道釧路方面広尾署志茂別駐在所の巡査を中心に帯広辺りまでの範囲で3月お彼岸の頃にこの地方を襲う低気圧による暴風・暴雪の嵐に巻き込まれた人々の1昼夜を描いている。
様々な人がこの身動きの取れなくなる暴風雪によって、その一日にその管内でどんな事件事象に巻き込まれ事を起こしてその結果・・・という話なのだが、これが色々な人の視点から描き進められていく。
登場人物はその土地に住む人、入り込んできた人、事件はその地方の一日としては多分異常なくらい多発する。よりによってそんな日に!
そんな日だったために多くの人間が人生を誤り建て直し?生き抜き,死んで行く。全員が主人公で全員がこの物語の共犯者?
それにしても駐在所の巡査を描く手は素晴らしい。「警官の血」でもそうだったが、警察のこの部署が私達庶民にとって一番大事な部署である事を再確認する。ここに優秀な人材が洩れなく配置されていれば・・・日常はかなり守られるのではないかという気が確かにする。
この志茂別駐在所の川久保巡査部長は一人でこの困難な日の駐在所を預かる羽目になるのだが・・・彼は実に誠実で懸命に対処しようと最善を尽くす。しかも非常に優秀である。この優秀な人材がこの僻地(失礼)にいるのは北海道警察本部の不祥事防止対策の結果だというのだから・・・何が幸運になるかわからんものですねぇ。
読み終わって圧倒的に心に残るのは人がどうにも動きが取れない状況を生み出す気候の恐ろしさです。北海道の弱点と行ってもいいでしょうが、北海道に住むことの困難が痛々しいです。
仕事のなさ、それによる低賃金、日常の低調さ、娯楽の乏しさ、気候のリスク・ハンデ。だけどそれに対処する人々の助け合う絆の存在も描かれています。この日、路外転落の車から助けられて近所で1夜を救われた多くの人たちがいるだろうということも書かれていて印象に残りました。
きびしい土地で生きる人たちにはそれなりの知恵もあるけれど、冒頭の3本ナラの話はそれでも追いつかない自然の驚異を伝えています。
警察の事件物としてより自然の猛威に翻弄される人々を描いて緻密な作品だったという気がします。
それにしてもなかなか知恵者の悪党に思えた笹原がこの自然の前にあっけなくあえなくなるなんて・・・意外だったな。そして西田は無事に・・・?
似たジャンルの物を描いて(「震度0」を思い出したので)、横山さんの作品とは又違う魅力がある。またこの作家の警察物の作品を探してみよう。
 

時代小説最前線Ⅲ

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時代小説最前線〈3〉 時代小説最前線〈3〉新潮社 1994-11
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16作家の16作品集
時代小説作家も16人集めると初めて読む作家も当然いるわけで、今回は山崎巌、羽山信樹、杉本章子、高橋克彦、鈴木輝一郎氏らです。
初めての作家の作品を読むのはワクワクします。それにしても時代物を書く作家がこんなに多いとは・・・嬉しいことです。
しかしこれだけ集めてあると時代小説といっても本当に実に様々ですなぁ・・・老残の鳥居耀蔵、今は聞かない相撲の決まり手由来、股旅物やくざの末路、勝海舟のある一面?忠臣蔵番外編?柳生物、長崎唐船見送役遠見番(と聞き慣れぬ)仕事人、吉原心中物、坂下門の変聞き書き?奥州胆沢城の陰陽師、霧隠才蔵と猿飛佐助忍者物、宮本武蔵外伝兵法物、長屋世話物・・・等々。
玉石混交、といってもそれぞれに工夫を凝らした作品群はなかなか選り取りみどりで面白うござった。しかも見事に殆ど20ページ程の作品。
量的にも読みやすいと言えば実に読みやすく、1話ごとに目先の変わる面白さはなかなかいいかもしれない。が、それは当然食い足りなさにも通じるのだけれど、この目先の変化が実に読んでいてあきさせない本になっている。集め方の勝利?
好きなのは「面影蛍」「いその浪まくら」「休眠用心棒」「霧の中」「絞鬼」「魔剣楽して出世する」かな。

熊野物語

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熊野物語 熊野物語平凡社 2009-07
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中上紀著
熊野古道、熊野三山、那智の滝辺り、古代からの補陀落渡海や様々な宗教伝説の地を舞台にした伝承的な異世界を繋ぐ古代から近代までの時の間の物語17集。
私はこういう伝承的であり土着的であり幻想的でもある非現実的な物語から覗くリアルみたいなものがなんとなく好きだ。
一歩距離を隔てて人や出来事や時代を見ているような、そしてその底からは人々の英知や生命力や次の世代に連綿として伝わっていく何ものかがうかがい知れるのがいい。
京都から名古屋から大阪から熊野を目指す。深い森や海を見ながら台地や山を越え海に突き当たる道の突端にある聖地熊野。そこには多くの物語が生息しているに違いない。その物語を作者なりに形成した作品群なのだろう。そこには龍も神も異国の人も生者も死者もうろついていて混ざり合う・・・不思議が大らかに生息している。その土地の魅力を伝えるには最適の物語集なのだろうと読んだ。伝える意思のあるもの、ただの事象のようなもの、時の変遷を受け入れて人々は生き継いできたんだという気持ちが沸き起こってくる。のどかで怖くて大らかですべてが人らしい。
「巡礼」「渡海」「餓鬼阿弥」などは熊野の神性、底深さを素直に読み取れて好きな話だ。「花の舞炎の海」「ヤタガラス」などの少女や少年の成長がすくすくとしていいなぁと思った。コワイ話もあるがそれらも熊野の特異性が包み込んでしまってくれる。生と性は大らかに一つのものだと思わされてなにかほっとするものがあった。

つばくろ越え

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つばくろ越え つばくろ越え新潮社 2009-08-22
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志水辰夫著

これは又前日読み終わった気楽で楽しい時代物とは正反対。とはいっても実に見事な時代小説だったと満腹しているところです。
志水さんの時代物は「みのたけの春」に続いて二作目です。
前作は長編でありながらテイストとしては志水さんの現代物の短編集に感じられる静かさが身上といったらおかしいかしら?巧いなぁ・・・と思わせられる部分はいっぱいあるのにそれがとりわけむきつけでは無い床しさが好きなのですが。この作品は短編(中編かな)4作、特殊な飛脚が生業の蓬莱屋の飛脚人が主人公の連作物ですが、むしろ志水さんの長編ハードボイルドの趣が強く窺われます。人や物の動きにきっちりと目のいく鋭い男たちはこの作者の小説でお馴染みです。時代が江戸になっても同じ匂いのする男達はいて、暗い色をまとってはいても実に魅力的で私は彼らの磁力に引き付けられてしまいます。
こんな男達のそばにうっかり行こうものなら焼け死んでしまうだろうな・・・などと思いながら焼け死んでもいいやと思わせるに違いない男達です。渋くてパットしなくても心で迫ってくるのですね。
しかもこの困難な旅路の詳細な道筋の記述が実に楽しいです。
こんな難路を選び大事な預かり物を先様に届けるそのありようだけでも物語になるのにそこに入ってくる枝葉のわき道。難事に関わらざるを得なくなる心の機微がいいんですね。この男達はしっかり見るべき物を見ている。見てしまった物を見捨てにはできない。納得がいくまで関わってしまう。関わったらきちっと始末をつけなくてはいられない。こんな男、男の中の男でしょうと読む女は思いますよ。
そしてその一編ずつのおしまいがいいですね。1話の〆「やろう、豆を食ってやがった。」なんてもう凄くいい!ヨッ!って感じ?仙造がぽとっと腑に落ちます。

千両花嫁

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千両花嫁―とびきり屋見立帖 千両花嫁―とびきり屋見立帖文藝春秋 2008-05
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山本兼一著

「利休にたずねよ」か「火天の城」を読みたくて・・・検索したら・・・待ちが長い!じゃぁこの作家の作品を一つ読んでおきましょうか・・・です。
まだ、余り作品は無いのですね。図書館には9作品しかありません。
しかも時代物ばかり。これが面白ければ楽しみが増えようというものです。
場所が京都三条大橋の近くといいますから東海道を上り下りする旅人の多い絶好の場所に、駆け落ちして店を張った骨董商(道具屋)という始まりから・・・ただ者ではないでしょう?こんな一等地に店を出せる駆け落ち者なんてねぇ・・・
それは何故か?どうしてそんなことが出来たのか・・・お話は面白くなりそうな展開です。1話ごとに道具屋ならでの薀蓄もあるし・・・それに登場してくる人々が又豪華絢爛? 坂本はん勝はんに近藤・土方・沖田はん、芹沢はん等新撰組の面々、武市はん、岡田伊蔵まで・・・幕末の京都ですからね?尊王も攘夷もあったものか、商売は商売!
からふね屋おかみゆずさんの父の京都屈指の道具屋さんがいかにこの夫婦を夫婦として認めていくか?時代の荒波の中、様々な曲者客にいかに対処していくか?この時代のこの場所での商売の方針と客あしらい、道具の品揃えの面白さ、寄せ集めの店の奉公人をいかに上手に使いこなし育てていくか・・・捨て子だった真之介の親は?一話ごとに楽しめるのですけれど、なかなかその一話一話が巧いのですけれど・・・ちょっと巧すぎなんですね?
ゆずさんは生まれたときからよい物を見ることで養われた物を見る目を持ち、捨て子として拾われた店で鍛え上げられ商売を覚えた真之介との組み合わせが見事すぎて・・・いえ、当てられすぎて?ちょっと妬けるから?こんなに巧くいっちゃうなんて・・・ちょっと話が上手すぎでしょう。ゆずさんの大博打も、真之介の大博打もうまく中って、道具も人も見抜ける眼力を養いつつこの夫婦はどんな時代になってもちゃんと巧く生き抜いていくのだろうな・・・と、最後には暖かく見つめたのでありました。
とまぁこういうわけなのですけれど・・・これ当然続きがありますよね?
こうして時代物シリーズは作られる・・・のお手本みたいです。
時代設定も商売も登場人物も最高に?面白くなる可能性大なんです。楽しく甘く?気楽に読めます。それでもやっぱり話が上手すぎと違いますやろか?眉唾眉唾でもあり、本当に続きが読みたいのか少々迷うところもありますが・・・。道具が人を育てるからふね屋の皆さんもですが、真の虎徹を手に入れたとき、道具に育てられて近藤さんも物になるのかもしれまへんなぁ・・・なんて思うてるこの頃です。

きつねのはなし

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きつねのはなし (新潮文庫) きつねのはなし (新潮文庫)新潮社 2009-06-27
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きつねのはなし きつねのはなし新潮社 2006-10-28
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森見登美彦著

図書館が何かの操作をしたのではないか?と、思われるように「鬼の跫音」に次いでこの本が回って来ました。
どちらも心にぞめくひやっとするテイストで、ケモノの匂いがします。
よりによって続けてこんな本を読むのか・・・?と、思いましたけれど、どちらも妖しく忍び込んでくるのですから厭になります。
舞台は京都でしたし、緻密に場所が描写されていましたから、2年半の京都生活で街を歩き回った私にはどの筋、あのあそこと追っていくことが出来るようでした。
知っている町なのにここで描写された町は今の京都ではありませんでした。今の京都の底の底の底から這い出してくる折重なり押し拉がれた・・・しかも、普遍の京都でした。
京都には永住したいと思わせる魅力と共に、完璧に拒絶する何かが感じられました。その拒絶する京都がしんねりむっつりねっとりと漂っていました。内蔵する謎? 孕む闇?
四話収録。闇に漂うような妖しげな一乗寺にある古道具屋芳蓮堂、いたちのようなケモノ雷獣、水の影が臭う。京都に住む魔物とそれを内蔵して連綿と生きる京の人。翻弄される人。しかしこの若い作家のいざなう力は凄い。じわぁっとイメージを浮かび上がらせる。それも京都らしい年増女の濃厚さでじとおっとしのび寄ってくる。物語の筋立てを忘れてイメージに取り囲まれてしまった。後に残ったのはカビの匂いのする鳥肌。
異次元に漂う京都に虜にされた忌まわしさ。
「きつねのはなし」の学生のように後を見届けたくも無く、「果実の中の龍」の瑞穂さんのように京都から逃げ出したくなる。
「魔」は本当に厭だ。誰が魔だかわからない、判るはずが無いんだ、誰もが魔は持っている。魔は何かから分かつことは出来ない。全ての生きるものの中に内蔵されているんだから・・・でもそれは厭だ!ぐるぐるぐるぐるそうしか思えない。
「水神」京都は元々沼地。水の都。抱負に内蔵する水に支えられた都。長い歴史の中で枯渇した都に龍の住む琵琶湖の水が移植された明治期。京に住む息絶え絶えな水神と満々と水を湛えた琵琶湖の水神の姿を私は思い浮かべてしまった。京都は常に新しい物を飲み込んで同化する。そうして鵺のよいうに生きてきた都だ。底に生簀を湛えて、いけずも湛えて?
京都は引き寄せ、眼前でぴしゃと拒絶する。永遠に。作家も拒絶に耐えているのかな?
 

鬼の跫音

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鬼の跫音 鬼の跫音角川グループパブリッシング 2009-01-31
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 道尾秀介著

道尾さん5作目。意識してホラーと書かれた物は外しているのだけれど、
この作品は微妙だなぁ・・・。私はホラーだけは苦手。で、この作品の底に漂う背筋を這い登るようなおぞましさはホラーの匂い。とは思うものの、それでもやはりただのホラーと言い切れない何か違うものも併せ持っている。
なんなんだろう・・・厭なもの読んでいるよ・・・と心の中の声は小さく呟いているのだけれど、目はどんどんどんどん吸い寄せられていく。
確かに怖いもの見たさに似ている。って言うかそのものなんだと思うよ・・・と、認めたくなく頷いている。帰りたいけど足は前に進んでいるみたいな?悪夢に近い。
「S」だよ。ウン、又「S」だね。ああまた「S」だよ。「そろそろSが何か考えるべきだよ。いや、いいんだよSは統一感、既視感、永続する悪意の象徴なんだから。余計なもの付け加えなくて良いんだよ。それその気持ちが余計なものじゃない。」ぼやきながらの読書です。
Sは人の底に棲む狂わせる暗黒の物を引き出す触媒のようなものかと思いながらSに囚われました。でもそれは枝葉です。
6作。どの作品の題も余り良い感じを受けません。開いた時にケモノ「犭」の字が真っ先に目に飛び込んできて「鈴虫」も「よいぎつね」も塗りこめてしまいました。そしてその印象は読み終わった読後感をあらかじめ教えてもらったようなものでした。全ての作品が心に棲む「犭」を描いているのだと思いましたから。
「ケモノ」や「悪意の顔」は道尾さんらしい?「今」が匂っています。
実際こんな事件が後を断たない今があります。やり直す時を与えない社会があります。一刻も無駄に出来ない(と思われる?)限られた時を生きる人々。それなのに実際には人に充実した時を与えない世に住んでいる。やりきれない。その気持ちにSが注がれる・・・と・・・。
「冬の鬼」に漂う耽美性は見覚えがあります。私達の世代には懐かしさも感じられます。「よいぎつね」には輪廻の空恐ろしさが漂います。ここにも記憶の襞をゆする何かがあります。そこには若い作家にとって新しい道を探る手がかりがあるのかしら?とも思えました。
芽を出さないで終る種もたっぷり持たされて人は生まれてくるのかもしれません。芽を出さないで終る種は哀れなのかしら?安らかなのかしら?水をやり光を当てる種を見きわめる目が欲しいものです。
心を目の詰んだ網で浚ってみると(この作家のこの作品はそんな感じです)この正反対の何かをも引き上げられるのではないか・・・と、思えてきて・・・次回作は振り子がそっちに振れてくれると良いのになぁ・・・なんて思ったのです。

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