警官の紋章

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警官の紋章 警官の紋章角川春樹事務所 2008-12
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佐々木譲著
「道警シリーズ3」
読んでいる間に直木賞受賞の知らせが入ってきたのでした。
「廃墟に乞う」という作品で、でした。当分この本は借りられそうもありませんね。この受賞作品も道警の刑事さんが主人公らしい?楽しみですね。私の北海道滞在3年の経験?地名とその場所が分かるのが(土地勘あり!)この道警物を読む助けにも、楽しみにもなります。
さて、このシリーズの2、3作目は殆ど同じタイプの書き方で進行していきます。 「笑う警官」で活躍したおまわりさん達がそれぞれの場所から始まっていく探索?につながりが生じてきて・・・結び合わされ・・・彼らが一点に収束・・・という楽しみが待っています。
パターン化してきたようですが?それが楽しみな感じを受けるところが・・・シリーズ物の醍醐味の一つでもありますね。
しかし、この作者の乾いた表現は奥ゆかしくて?今ひとつ佐伯さんや津久井さんに踏み込めません。動きとその動機は読み進んでいけますが・・・彼らの刑事としての嗅覚、ある種正義感、真実に迫る頭・・・は分かるのに・・・その奥の個人がいまいち描ききれていなくてもどかしい感じ。
そこがある種?ハードボイルド?それもソフトな、ウェット感もある日本的な・・・なんて言ってしまっては・・・意味無い言葉になるけれど、歯がゆい。小島さんが突破口かな?新宮君も?そこに期待しましょう。勿論書き続けられますよね?北海道を!
北海道の雪の感触に似てるのかなぁ・・・ある意味さらさら
洞爺湖を見下ろす山の上にそそり立っていたあの巨大豪華なホテル。
思い出しますねぇ・・・丁度破綻した時でしたから、私が札幌に住んでいたのは。
すすきのや狸小路やあの妙にうらぶれて淋しげで猥雑であやしい盛り場の様子を思い起こすと・・・裏通りに紛れ込むと妙にぞくぞくしたもの・・・あの道に取り込まれていく人たちの気配が僅かづつでも感じられていくような。余り内省的に沈んでいかない彼らに明日がある事を知ってほっとするような・・・その辺が読みやすい警察物で、楽しみで。しかし、北海道頑張って!と言いたくなる北海道の現状への心配が益々この作品でかきたてられます。
「笑う警官」の緊迫感がまだ今のところ一番だわと、ついため息がでちゃうのがちょっと残念なのですが、また次に期待します。

火天の城

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火天の城 (文春文庫) 火天の城 (文春文庫)文藝春秋 2007-06
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山本兼一著

山本さん、三作目。
先日「利休にたずねよ」を読んでからこの本が到着するのを待ち望んでいました。で・・・期待通りでした。
歴史小説を書く作家としては和田竜さんと共に楽しみにしたい作家です。凄い作家だと思っても残念なことに相性というものがありますね。津本陽さんは私は苦手なのです。「・・・ちょうだいあすわせ」でちょっと苦しくなりました。凄くまじめな?いい作品があるのに・・・みたいな勿体無さはありますが、読むのが苦痛なところがあります。
その点この作家も和田さんも平易な文章が楽で、題材目のつけるところが凄く魅力的です。ただ作品がまだ少ないので今後の楽しみですが。
安土城は3回行っています。最初に行ったのはもう20年も前になりますから・・・まさしく兵どもの夢の後。 ゴロゴロ放り出されたような礎石と草ばかりの荒れた城址に過ぎませんでした。天守台の礎石の上から見た琵琶湖が近くて・・・当時の面影を偲ぶのは・・・壮大で儚い夢そのものでした。その後段々整備復元作業が進んで3度目の時には秀吉や他の武将達の雛壇のような屋敷跡の特定も進んでいたようです。その後もっと進んで全貌が明らかになってきつつあるのでしょうが、それでも実際どんな建物が建っていたのかはまだ謎のままです。
それを見事な歴史小説でこの作家は定着させてしまいました。
この作品を読んだ人の頭にはこの親子二人の棟梁の面影と共に八角堂のある天守の姿が定着するだろうと思います。ふもとの安土町の城郭資料館に想定天守の模型が飾られていたましたが、それも八角形だったという記憶が・・・。
ただ現在では城跡の復元もさりながら安土町考古博物館とか安土町天守信長の館とか色々な資料館も出来て・・・その分どんどん馳せる夢の領域が小さくなっていくような気がしていますが。
こういう風に本で読む分にはまだ自分なりの想像の余地も有るのですけれど・・・。
作品で移築された事が描かれている三重塔と仁王門の当時の姿そのままが現在の摠見寺に見られるのは嬉しい事かもしれません。
安土城の造営を通して信長の芸術的な天才部分がとても素直に迫ってきたが・・・その苛斂誅求さ故に、今までそばに行きたくない男№幾つかに絶対入る人だったけれど・・・働ける男にとってはどんなに魅力だったか・・・という視点を得たように思う。 
岡部又右衛門と息子以俊にとっては彼らの才能をぎりぎりまで引き出し伸ばし生かしきってくれた主だったのだ。狩野永徳にとっても一官にとっても。そして親子という点ではこの古い日本の不器用な親のあり方がなんと胸に迫ることか。経験で裏打ちされた理解のなんと素直に心にしみこむことか。人を育てるのに背中を見せればいい時代は終ったとは言うけれど・・・それで済んだ時代のなんと懐かしく父性のゆかしかった事か!
職人技術者の言葉はまっとうで美しい。大普請はすべて圧巻だが、蛇石を上げるところは更に圧巻で、戸波清兵衛はまた素晴らしい。
そしてそのきめ細かい数字の圧倒的な存在感。巨大で凄いということの後ろにはこんなに膨大な数字が隠れていたのか・・・でした。

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警察庁から来た男

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警察庁から来た男 (ハルキ文庫) 警察庁から来た男 (ハルキ文庫)角川春樹事務所 2008-05-15
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佐々木譲著

佐々木譲さん4冊目。
「笑う警官」に次いで2冊目の「道警シリーズ」になるらしいです。
面白く読んでいますが、こういう作品は感想があってないような気がするのです。志水辰夫さんの作品なんて大好きで10冊以上読んでいてもほとんど感想記していないですもの。その点では自分ながら意外なのが横山秀夫さん。やっぱり10冊以上読んでいると思いますけれど・・・不思議なことに7・8作は感想ちゃんと書き残しているのですね。この差はどこから来るのかなぁ・・・。
警察という組織の形・・・志水さんはちょっと違うけど色々な作家の作品たちから?この頃結構な知識があります。 やっぱりねぇ・・・とは思いながらもあの「笑う警官」で素晴らしい組織力、カリスマ性を見せた佐伯さんはじめあの時の警察の方々は・・・冷や飯中。
なんと勿体無い人材の墓場!・・・と、思って杉下右京さんを思い出すことになります。(血)税金を提供している庶民のためにこういう人材もっと登用して頂戴よ!と言いたくなりますね。
それはともあれ、彼らは、津久井刑事は特に?気を使いながら警察庁からきた男に協力をして、いまひとたび、道警の埃を叩き出します。監察ってスキルが大事ですね。本当に必要な監察を効果的に上手にやって警察の浄化を常に保っていただきたい・・・と、思いつつ・・・検挙率との兼ね合いはどうなる?と、心配する私にも・・・どうしたもんでしょう?
本道にいない刑事達の活躍に胸がすく・・・と言いたいところですが、真実味を感じさせるほど!地味です。最もこの明るみに出たもののせいで道警はまた大揺れに揺れ、組織改変で適材適所が益々出来なくなる組織になるのではないかと・・・老婆心がおきます。彼らはこれ以上冷や飯を食わされたら・・・行くところはあるのでしょうか?大丈夫道警シリーズ3が出ているらしいです。佐伯さんにもですが、今回は出番が少なめだった小島さん(大活躍でもあります)にはもっとさっそうと活躍して欲しいです。大好きな北海道のために!
佐伯さんの慎重さのせいか津久井さんの遠慮のせいか・・・いや、多分彼らは男だってことだね・・・二つのチームのすり合わせがもっと上手くいっていたら・・・もっと早く片付いたのに・・・と思いますがそれじゃ話にならないしと苦笑です。 ところで刑事と暴力団幹部との見分け方・・・分かりますか?

聞き屋与平

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聞き屋与平―江戸夜咄草 (集英社文庫) 聞き屋与平―江戸夜咄草 (集英社文庫)集英社 2009-07-16
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宇江佐真理著

宇江佐さんが続きます。
これは主人公与平の晩年を描いて主人公の死で終るので、明るい作品とはいきません。といって主人公がしたいこと「聞き屋」という変わった商売で聞く話とそれから派生する様々なことどもは明るくないわけでもありません。       つまり人生はこんな色合いで終始するんだろうな・・・という感慨が生じました。 人の人生に関わるということは怪我無しにはできません。しかし聞いてもらうことで聞いて貰った人が助かるのは事実です。  ただ黙って聞いてくれる、そういう痛みを引き受けてくれる人が身近に居たなら・・・あなたは幸せです。聞いてもらって再生していく人が清清しく描かれています。人のつながりが幸せ感になります。
今、そういう人の居ない人が圧倒的なんでしょうね。
その意味で言えばまさしくこれは精神科の医者の原点です。カウンセラーの原点と言ったほうが身近かな?
薬を処方する前に出来ることがあるでしょう?ということです。
だからこれは時代をかりた普遍的人間の物語です。与平さんは亡くなってしまったのですが、ある意味聞くことの中にある醍醐味は奥さんに伝わったのかもしれませんね。この仕事は尽きぬ井戸のようなものです。作家の覚悟次第では物語は永遠に続いていくという気がするのですが・・・
人は聞いてくれる人を常に必要とし、また人に必要とされる事をしたいと願う人も常にいる・・・それが人間の営みのようですから。

神田堀八つ下がりー河岸の夕映え

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神田堀八つ下がり―河岸の夕映え (徳間文庫) 神田堀八つ下がり―河岸の夕映え (徳間文庫)徳間書店 2005-06
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宇江佐真理著

初めてこの作家の作品を読んだ時には正直この作家の作品を好んで読もうとは思いもしなかった。それがたまたまサークルで取り上げられて有無を言わさず?回ってくるようになって・・・いい作品を見つけた。
今は回ってくるのを楽しみにしているくらいだ。
前に書いたが「たば風」が転機?になったと思う。その前にもこの作家は短編がよさそうだとは思ったが・・・「錦衣帰郷」で違う一面を見たように思った。こんな事をいうのもなんだが・・・この作品をしっかり書き込んだら、帰郷というその一面だけでなく徳内のすべてを描いたら、素晴らしい作品になってこの作家も男性の時代作家に肩を並べる・・・いや骨太の作家になるのではないかという気がした。次いで回ってきたのがこの作品。短編6作。「おちゃっぴぃ」と同じく長屋物。堀尽くし。登場人物のその後も入るので馴染みやすい。
先日宇江佐さんの作品の話をしていたときにある人の感想は「いかにも女が藤沢さんや山本さんの世界に女の情感を押し込んで書いているって感じが、女を感じすぎていやなの」だった。
そうか・・・と思った。「恋いちもんめ」を初めて読んだときの私の感想はそれに近いものがあったのかもしれない。だから彼女に「たば風」を読む事を薦めてみた。「違う印象を持つわよ」と。
しかしここ数冊の短編集の中には特に女性作家を感じさせない作品がある。しっかりした江戸の下町世界を堅実に構築している印象もある。確かに女性ならではの視線はあるがそれはそれでいい視線だと思う。
この6作の中では「浮かれ節」は既読。「どやの嬶」「身は姫じゃ」を楽しく読んだ。「身は・・・」のほうには落語の雰囲気もある。それが女性らしい視点で描かれているのが功を奏している。「八つ下がり」の友情もむきつけじゃ無くていい。しかしこういう話には確かにあるピリッとした何かが欲しいという気もする。そこがすこし惜しいような・・・。
 

刻まれない明日

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刻まれない明日 刻まれない明日祥伝社 2009-07-10
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三崎亜記著

「失われた町」「廃墟建築士」などを踏まえた同じ世界ながら・・・読みながらこの作家の本質はロマンチストなんだなぁ・・・と、思っていた。
前作よりさらにロマンチックが止まらない?感じになっているようだ。
そこが前作より取り付きやすい感を与える。
不思議な世界は数々あれども・・・この人の不思議の世界には何か不思議な透明感がある。綺麗な薄いベールの向うに透けて見える、私の居る世界の隣に流れている世界・・・それを自然に垣間見ているような当たり前さ?
あたり前なんて絶対いえない設定の出来事が進行しているのに?
そう、それなのに受け入れている。だってしょうがないじゃないの隣の次元でそういう日常が流れているのですもの・・・みたいな?意識下で馴染みがあっちゃう世界。
そしてこの不思議な過去のある開発保留地区を内蔵していて、居留地への船の出る港町であって、異邦郭のあるこの市、7階撤去もすでに済んでいる町、この世界。
設定は三崎さんの先の作品でなじみになった世界。そあいてこの街には不思議な人々が横行している。道の意志を聞き道の概念の維持をする歩行技師、人々の思いをつなげる担当者、失われた町からのリクエストを取り次ぐラジオ局の住民対策班長、左の手で消えた町の夫と手を繋いでいる人、そしてまた右腕を封じ左腕だけで舞う舞人少年と繋がる音を統べ司る古奏器を操る共鳴士になろうとする少女、去っていった人から奏琴を受け継ぐもの・・・余剰思念を均一化した気化思念貯蔵プラントの管理者で記憶されない者となった人、彼らすべてを繋いだ継続観察対象者さん。過去と繋がる人々のかもし出す世界。彼らの間に通う愛、思いやりとも思い出ともいうもの。やっぱりロマンチックだ!
特に「道」という言葉の芳醇な豊かさを思えば、歩く人、道守り、歩行技師、その幡谷さんの魅力は計り知れない深さ。そしてその対に居る縁の下の力持ちになって記憶されない黒田さんと梨田さん・・・いいなぁ・・・!
そして予兆さんがいる。余りにも風化していくことが早すぎるこの時代を少しでも押さえようとするかのように、伝えなければならない物は伝えなければ、受け継がなければならない物は受け継いで・・・そうだよなぁ・・・と、ロマンに浸りながら私も呟く。受け継ぐ使命を持った者たち・・・いえ、多分人は皆何かを受け継いで伝えていく定めなんだとね?遺伝子だけかもしれないけれど・・・それだって難しいんだけど・・・
 

熊野物語

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熊野物語 熊野物語平凡社 2009-07
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中上紀著
熊野古道、熊野三山、那智の滝辺り、古代からの補陀落渡海や様々な宗教伝説の地を舞台にした伝承的な異世界を繋ぐ古代から近代までの時の間の物語17集。
私はこういう伝承的であり土着的であり幻想的でもある非現実的な物語から覗くリアルみたいなものがなんとなく好きだ。
一歩距離を隔てて人や出来事や時代を見ているような、そしてその底からは人々の英知や生命力や次の世代に連綿として伝わっていく何ものかがうかがい知れるのがいい。
京都から名古屋から大阪から熊野を目指す。深い森や海を見ながら台地や山を越え海に突き当たる道の突端にある聖地熊野。そこには多くの物語が生息しているに違いない。その物語を作者なりに形成した作品群なのだろう。そこには龍も神も異国の人も生者も死者もうろついていて混ざり合う・・・不思議が大らかに生息している。その土地の魅力を伝えるには最適の物語集なのだろうと読んだ。伝える意思のあるもの、ただの事象のようなもの、時の変遷を受け入れて人々は生き継いできたんだという気持ちが沸き起こってくる。のどかで怖くて大らかですべてが人らしい。
「巡礼」「渡海」「餓鬼阿弥」などは熊野の神性、底深さを素直に読み取れて好きな話だ。「花の舞炎の海」「ヤタガラス」などの少女や少年の成長がすくすくとしていいなぁと思った。コワイ話もあるがそれらも熊野の特異性が包み込んでしまってくれる。生と性は大らかに一つのものだと思わされてなにかほっとするものがあった。

きつねのはなし

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きつねのはなし (新潮文庫) きつねのはなし (新潮文庫)新潮社 2009-06-27
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きつねのはなし きつねのはなし新潮社 2006-10-28
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森見登美彦著

図書館が何かの操作をしたのではないか?と、思われるように「鬼の跫音」に次いでこの本が回って来ました。
どちらも心にぞめくひやっとするテイストで、ケモノの匂いがします。
よりによって続けてこんな本を読むのか・・・?と、思いましたけれど、どちらも妖しく忍び込んでくるのですから厭になります。
舞台は京都でしたし、緻密に場所が描写されていましたから、2年半の京都生活で街を歩き回った私にはどの筋、あのあそこと追っていくことが出来るようでした。
知っている町なのにここで描写された町は今の京都ではありませんでした。今の京都の底の底の底から這い出してくる折重なり押し拉がれた・・・しかも、普遍の京都でした。
京都には永住したいと思わせる魅力と共に、完璧に拒絶する何かが感じられました。その拒絶する京都がしんねりむっつりねっとりと漂っていました。内蔵する謎? 孕む闇?
四話収録。闇に漂うような妖しげな一乗寺にある古道具屋芳蓮堂、いたちのようなケモノ雷獣、水の影が臭う。京都に住む魔物とそれを内蔵して連綿と生きる京の人。翻弄される人。しかしこの若い作家のいざなう力は凄い。じわぁっとイメージを浮かび上がらせる。それも京都らしい年増女の濃厚さでじとおっとしのび寄ってくる。物語の筋立てを忘れてイメージに取り囲まれてしまった。後に残ったのはカビの匂いのする鳥肌。
異次元に漂う京都に虜にされた忌まわしさ。
「きつねのはなし」の学生のように後を見届けたくも無く、「果実の中の龍」の瑞穂さんのように京都から逃げ出したくなる。
「魔」は本当に厭だ。誰が魔だかわからない、判るはずが無いんだ、誰もが魔は持っている。魔は何かから分かつことは出来ない。全ての生きるものの中に内蔵されているんだから・・・でもそれは厭だ!ぐるぐるぐるぐるそうしか思えない。
「水神」京都は元々沼地。水の都。抱負に内蔵する水に支えられた都。長い歴史の中で枯渇した都に龍の住む琵琶湖の水が移植された明治期。京に住む息絶え絶えな水神と満々と水を湛えた琵琶湖の水神の姿を私は思い浮かべてしまった。京都は常に新しい物を飲み込んで同化する。そうして鵺のよいうに生きてきた都だ。底に生簀を湛えて、いけずも湛えて?
京都は引き寄せ、眼前でぴしゃと拒絶する。永遠に。作家も拒絶に耐えているのかな?
 

海軍主計大尉小泉信吉

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海軍主計大尉小泉信吉 (文春文庫) 海軍主計大尉小泉信吉 (文春文庫)文芸春秋 1975-01
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 小泉信三著

8月ですね。(ブログに乗せるのが遅くなりましたが)この時期、結構、戦争・原爆の本を朗読なさる人がいます。
先日も林家三平さんのお母様の戦争疎開の頃を書いた本を朗読した方がいまして、聴いていたらこの本を思い出しました。
初めて読んだのは何時だったのか?父の本棚にあったのを読んだのだから中学生?高校生の頃だったか?
あの頃もの凄く感動した記憶が、細部も朧になった今でもしっかり記憶に残っています。「火垂るの墓」とか絶対二度とお目にかかりたくない・・・辛すぎるのだもの・・・というのもありますが。もう一度読んでみようと思って図書館で探したら、意外なことにありませんでした。
小泉さんの全集の何処かに入っているのかもしれませんが、カウンターで相談したら他の区の図書館から借りてくださるそうで・・・新宿区の図書館から回ってきました。ありがたいことですね。
昔読んだ時は父と息子の心の交感とでも言いますか、思いの節度ある表現に物凄く感心したんだと思います。なんて、素晴らしい父親と息子なんだろう。そしてどうしたらこんなに素直にその思いを表せるんだろう・・・それは不思議なくらい素直な心に思えました。
親子の間に流れる交情愛情がなんとも奥ゆかしく美しく、生まれたからにはこんな親でありたい、こんな子でありたい・・・そう涙しながら読んだものだったと思います。
今読み返すと、その思いには変わりありませんが、あの世界、彼らの住んでいる世界と現実の多くの赤紙に取られた兵士たちとの境遇との差を思わずにはいられませんでした。
なんという優れた世界に育まれたなんという選良だったのか?という思いが心のすき間に萌していました。
満ち足りてこそ礼節は知られるのだと。当時より格段と豊かになった国にあってさえ礼節は失われていく一方だというのに。あの頃の小泉家の人々には普遍にあった知性と感性はどこに失われたのでしょう。ひょっとすると戦争で失った物はかの家において日常化していた日本の美わしき家庭生活、精神的豊かさだったのかもしれない・・・とも思えました。
戦争初期で亡くなった方はある意味恵まれてもいたんだなぁ・・・。 戦死にさえも幸不幸があるようなやりきれなさも感じられたようでした。

眼中の悪魔

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眼中の悪魔 本格篇―山田風太郎ミステリー傑作選〈1〉 (光文社文庫) 眼中の悪魔 本格篇―山田風太郎ミステリー傑作選〈1〉 (光文社文庫)光文社 2001-03
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山田風太郎著

ただただ「黄色い下宿人」を読みたさに、その短編が入っている作品を探してきた。そしてその作品をまず最初に読んだ!
「あ、あ・・・これなら許せる!」不遜この上ないのですが・・・それでもそれが正直なところです。出会い方、合せ方、事件に入っていくホームズとワトソンと依頼人と。かなり丁寧に正典を踏襲しています。新たな翻訳が出たか?と言ってもいいくらいか?・・・マサカ!こうい小技?風太郎さんは手馴れています。
しかも終りがいい!漱石さんも胃痛を忘れられるひと時だったでしょう。実際?こんな出会いがあったなら、漱石さんの倫敦滞在はもっと幸せなものになっていたでしょうに・・・と、漱石さんのために惜しみます?
ところがです。この本の他の作品が問題でした。
正直読むのが辛かったと申せましょう。風太郎さんは作家初期にこの一連のミステリーを書いたそうです。寡聞にして風太郎さんにミステリーがある事を知りませんでした。私は時代物は読んでいません。明治物から読み始めたファンです。それでもその明治物での風太郎さんの女性の扱い方というかその描写その運命どうにも釈然としないというか、無残なものがあるのが気に入りません。
どんな美人が描かれていてもその不幸の影には妙に厭なものがあって、はっきり不快に思います。そしてそれと全く同じ物をこの初期の作品群から受けました。ってことは?風太郎さんの描く女性は彼の人生を通して結局変わらなかった?のでしょうか。
そんなわけでこの黄色い下宿人以外は二度と読むことは無いな・・・むしろ他の作品は読むべきじゃなかったな・・・と思いながら・・・それでも終りまで読むか?迷いながら・・・「司祭館の殺人」?なんかミス・マープルものみたいな題じゃない?と思いながら読み出したら・・・これが外人物。
舞台がヨーロッパ?「果樹園のセレナーデ」の無気味妖怪版?みたい・・・と、読んでいって最後に笑っちゃった。ルパン!ルパンなの!ルパンのパスティーシュ?風太郎さんの哄笑が・・・否、ニヤッが見えたようでしたが・・・。悪戯な人だったのね?なんてちょっと思いました。
でも総じて、他の作品は題から受けるイメージそのまま、気持ちのいいものではありませんで、ちょっと、否、かなり、無気味!それでも風太郎さんのミステリー10巻もあるんですよ。読むべきか、読まざるべきか?それが問題です。             
でも念のため「黄色い下宿人」は別格です。

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