緋色の迷宮

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トーマス・H・クック著

クックさんの第二作目、緋色繋がりで?
緋色の記憶」と何らかの関係が有るのかと思ったのですが、無いようです。多分翻訳者の?原題は?
でも作品自体がかもし出す雰囲気は似ていました。
多分同じ色合いを読む人は感じずにはいられないでしょう。
主人公は前作の主人公のパラレルワールドバージョンじゃないかと思うくらい感性が似ているのじゃないでしょうか。
事件を見通す、妙な立場からの俯瞰のあり方。
未来の一点に立って過去を見つめて、既におきてしまった事件を振り返り振り返り慨嘆を淡々としかも切ないほどの後悔をにじませて語っている。
事件のキーマンはキースなの?ウォーレンなの?メレディスは?いえ、エリック?
もう過ぎてしまってどうしようもない事を、あの時こうしていれば・・・とか、あの時ああなっていたら・・・とか。そうしてその慨嘆の向こうに私たち読者は事件を再構築していかなければならないもどかしさも前作と似ていました。
こう思いながら読み進んでいました。でも違いました、この点で。
この作品の方が私の心には毒を流しました。
「疑惑は酸のようなものであり、ふれるものをなにもかも腐食させる。古くからの信頼や長年積み重ねられた愛情に、次々と穴をあけていく。」
この土台の上に積み重ねられてゆく「家族写真は嘘をつく」「人は嘘をつく」「あなたは逃げるのね」「あたは向きあわないのよ」・・・のフレーズ。
酸の上に酸を流すみたいな!
読みながら私は否応もなく眠れない夜を三晩過ごしました。
アルバムの中の過去の家庭と今の家庭と私の家庭をリンクさせてしまって。
そして読み終わった今夜も眠れるとは限らないと、思っています。
私の前にも向き合わなかった過去が次々立ちはだかってくるのです。
無視し見ないで済ませた事をそれでもかすかにどこかで意識していたもの、でも立ち止まらなかったもの、気が付かない振りをしたもの、意識下で殺していたものがもやもや起き上がってきたのです。
「あの時・・・こうしないで・・・あの時・・・ああしていたら・・・こんな今は・・・」って思うこと、 誰にでもあるでしょう?
「あのときこう見えたけれど、実は・・・だったのじゃぁなかろうか。ああ、あれはこうだったのに・・・」って?
今と折り合いをつけていたのに、取り返しようもない過去の様々な諦めていたものが立ち向かってくるようで、自分の心が蝕まれていくのをエリックの腐食と同時進行で見てしまいました。
今が本当に望んでいた今だったのか、それとも今は沢山の蓋をしたものの上に危うげに載っているまぼろしに過ぎないのか?
私の足元が揺らいでいます。
それでもフシギなのは彼が失った全てのものの向こうに漂っている静けさです。
全てを腐食しつくせば穿った穴から明るさが流れ込むのでしょうか?不安や偽りの上に築かれたものはいっそ失った方が?でもその偽りは本当に偽りかどうか?
家族の場合、疑惑を持った人の周りの人が穴を穿たれ腐食していくのではないかしら。
疑うことより、疑われることの恐怖や絶望の方が心を腐食するような?
「緋色の記憶」と「緋色の迷宮」を見つけたのですが、他に「死の記憶」「夏草の記憶」「夜の記憶」と「記憶」がつく作品があるのを発見しました。この4作はつながりがあるのかしら?シリーズ?
ただ単なるスリラーやサスペンスよりひょっとしたら心を噛む作品なのではないかとちょっと心が臆します。
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パズル・パレス

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ダン・ブラウン著

ラングドン・シリーズ第三作目執筆中と書いてあるのを何かで読んで、それから彼の作品に「パズル・パレス」というのがあるのを見つけて、図書館で予約して待つこと暫し!ようやく到着しました。
「デセプション・ポイント」より待ち時間がずーっと長かったのですから、待っている間これが「ラングドン・シリーズ三作目なのかな?」と、楽しみにしていましたが、なんとこれが彼の処女作ですと!
全く作家の事を知ろうとしないで作品だけを漁っているとこういう頓珍漢!10年も前に発売された本だそうです。
ところがです、こと私に関してはこれはちっとも古くはなっていませんでした。
聞くところによるとかなり勉強していても「情報関連情報?」に関しては日々情報遅れになっていかざるを得ない!若い子には追いつかない!というのが昨今の実情という変化の激しさだそうですが。
早い話私はこのアメリカの情報戦略と暗号関連についてのお話部分ではただただ「へぇえぇ・・・?????!!!!!」の世界でした。
デセプション・ポイント」の方が読める部分がまだ多いくらいでした。しかもこの作品の方がかなり新しいというのにね。
アメリカのNSA内部とスペインの二部構成になっているとはいえ、殆どを占めるこの情報統制機関(でしょう、ほとんど?)の有り様には全く私は蚊帳の外?なんて生易しいものではありませんでした。
作中の彼らがPCに向かってやっている事の大半は私には「?」なんですから。言っちゃいますけど、「ガントレッド」って、私にとっちゃ「クリント・イーストウッド」と=ってだけですからね。
10年前に作家が手に入れられる情報に立脚した作品でさえこうなんですから、もし今度の作品が今の「コンピューターと情報とに関係した何か」だったらそれはもう完全お手上げの世界です。
「パズル・パレス」はただ、役職に応じて右往左往し、人間関係によって右往左往する人のドラマがこんんなハイテク?世界にもごく普通に生々しくあって、そのドラマと、縦糸になるスーザンとディヴィッドの心配しあうか細い糸によってのみ私の読書意欲をつなぎとめてくれた!という感じでしょうか。
どんな世界になってもそこに住む人間の本質が変わらなければ?「そう何とか読める!」でもミュータントばかりの世界になったら・・・!
それにしてもこのデビュー作?この作品からして彼は内部情報通好みだったんですね。知識に関する欲望の膨大さがこの人の作品の最大の特徴ですが、多分「ダ・ヴィンチ・コード」で一番大きな油田を掘り当てたのでしょうね。知識の種類においても読者層の幅広さにおいても。大向こう受けする素材のね。だから今後に期待します。
「パズル・パレス」を楽しめる層はやっぱり薄いんじゃないかな。
付いて行きたい気は勿論?あるんですよ。でもできたらもうちょっと普遍的な知識の掘り下げ方に期待したいです。
ただこれだけは書いておかないと・・・と思うのは、この物語の本当の後半部分ストラスモアが死んだ後からの畳み込み方がとてもスピードがあってわくわく気分を盛り上げてくれたということです。
急に面白くなりました。それとディヴィッド(スペイン)の部分!ここは楽しく読めました。サスペンススパイ物定番商品という感じでしたが。
ハラハラ感も、うーんという驚きも、程のいいロマンスも絶対手堅い何かを彼は持っていますから。
ラングドンなら文学的な、芸術的な、古典的な何かを読者に堪能させてくれるでしょうから。間違いない?
あと、日本人の名前の考察をもう少し真摯にしていただきたいものですよ。トクゲン・ヌマタカは古風とはいってもまだなんとか?エンセイ・タンカドって何?でも、この名前が出た時直ぐ日本人じゃないでしょうね、まさか?って思っちゃったのがちょっと悔しい?

さて、今年はこの本が最後の読書になりました。
正月は「指輪物語」を再々読して楽しもうかな・・・と、予定です。
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緋色の記憶

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トマス・H・クック著

「題名は大事!」って、先日書いた通りに題名で惹かれたのですけれど・・・だって、ホームズ・ファンとしては「緋色の研究」を思い出さないわけにはいきませんし、高校生の時の読書家としてはあの当時高校生定番?だったナサニエル・ホーソンの「緋文字」を思い出さずにはいられない「題」ですからね。
そして二つあわせれば(推理力を働かせて?)・・・おのずと答えは・・・
って程ご大層なものではありませんが、「犯罪(推理)もので、不倫がらみの恋物」?
大当たり!でした。
でも読み終わって後書きを読んだら原題は「チャタム校事件」でした。素直にこの方が良かったのではないかなぁ・・・と、思いました。
本文に何度も「チャタム校事件は・・・」という記述があるのですから。
(最も、この題だったら私はチョイスしていなかったかなぁ?)
私はこの「緋色の記憶」という題で既にかなり想像を逞しくしちゃっていましたからね。先入観を抱き過ぎましたもの。この思い込みは後になってみるとやっぱり邪魔だったと思います。
この作品の凄いところは「誰が誰を殺したんだ?」って事を知りたさに、目の前に人参をぶら下げられた馬みたいに?私は突進する勢いで読み終えてしまったというところです。
事件が起こって、誰かが死んで、ミス・チャニングが裁かれたらしいということは判ってはいても、私が知りたいと思うことは最後まで確定的な言葉では表現されません。
語り手の少年だった過去と、思い返している老年の今とが細かく入り乱れて、読む私は作家の思う壷?じたばた足掻きながら不安にせきたてられるように読んでいったのです。
次から次に質問が口から出掛かるようでした。
父である校長はこの事件にどんな役割を果たしたのだろうか?
その夫でもある校長の苦悩は何によって生まれたのか?
母親(妻)の夫への根深そうな不満と反抗は何に萌すものだったのだろうか?
嫌悪感を匂わせて語られる検事はいったい何を立件をしたのだろうか?
サラは・・・何か悪い予感がするけれど・・・どうなったのだろう?
リードの子供アリスに覆いかぶさる不安の要素(挿入される子供たちのからかい「歌」など)は何を語るのだろう?
そしてこの中の「不倫」二人の恋の本当の姿とは?
そして何よりこの語り手の少年の心の中のはかり知れなさ。
少年期から青年期への脱皮の多感な時期の憧憬や焦燥の複雑さ。
彼は物語の最後まで何を隠し通すつもりなのだろう?
絶対何らかの大きな役割を担っているはずのこのヘンリーは?
結婚しないわけ、愛情を遠ざけるわけ、子をなしてはいけない理由!重なる謎と過去と現在の振幅・・・それで読ませてしまう作者の綯う罠。
その罠に填まった格好の私がこの作者の次の作品を物色している姿も推理?出来るようで・・・「このミステリーは面白い」?
どこかのキャッチフレーズみたいに絡め取られたかも知れません。
それにしても姦通で3年もの刑期が化せられるなんて・・・今なら?
大抵の時代は女に過酷だったように思われるけれど、この頃・・・からは?男に過酷な時代が来るのかも・・・帳尻はどこかであわせてもらいたいものですよね?
男に緋文字をくっ付ける時代・・・笑える!いいかも?・・・って、そういう意味ではなくって!
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花のあと

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藤沢周平著

上京した父が丁度読み終わったと置いて帰った。
久しぶりに見るこの本、読んだのはかなり前のことになるが、記憶していたのはこの短編集の中に3編忘れられない作品があるからだ。
「寒い灯」「旅の誘い」「花のあと」の。
しかし私にとって極め付きの1篇は「旅の誘い」だ。
藤沢さんの短編集で最初に読んだのは「暗殺の年輪」という作品で、その中の「溟い海」で藤沢さんの作品に「填まった!」ということは以前にも書いたかもしれない。
この作品は葛飾北斎を描いた秀作で、北斎の「富嶽36景」が好きな私には非常に興味をそそられる作品だった。
版元・摺り師・掘り師、中でも版元との関係も面白かったが、北斎の絵と連動する北斎の生き様が凄く「リアル」に迫るようだった。
感情が北斎の絵の様にあっと息を呑む様なうねりで描かれていた。
最後の広重の表情の暗さ・陰惨な絶望と深手の暗さを描いてから執拗に溟い海を塗るところまでの心理描写の迫力のあることといったら・・・まるでそこに一人の山のようにケレンを抱えた男が蠢いているようだった。
北斎のあの絵はこの物語の中に息づいている男の絵に紛れも無いと思うくらいに!
返す刀があれば「広重を書くだろうな」とその時思ったが、果たして!やっぱり書いていたのを見付けた時は嬉しかった。
それがこの「花のあと」の中の忘れられない1篇「旅の誘い」だ。
しかも読んで凄いと思ったのはこの作品は「溟い海」とは全く別の表情を持っていたからだ。ここには今度は広重の絵のような表情があったからだ。
この作品に中では妻の生き生きした歓びの萌しを見て「金のために描くのも悪いことではないのだと」広重が思うところが好きだ。
広重が北斎と違って化け物のような芸術家では無くなるから?
私は広重の絵を「ふぅーん」と思って見るタイプの人間だ。
特に好きでも嫌いでもない・・・でも見ているうちにもういいかなぁと・・・しかし北斎は違う。
面白いことに夫は反対に「北斎は見事だと思わないではないけれど、好きなのは広重だなぁ。幾ら見ていても飽きない。」という。
蒲原由比あたりにある東海道広重美術館まで出かけて行ったくらいに彼は広重を好む。
辰斎が北斎に「先生の風景とは、また違った、別の風景画を見たという気がしました。」という場面があったが、私たちもそう、お互いに違った風景画を見ているらしい。
私には広重は素直に風景画と思えるのに北斎のそれは風景画と思えぬところがあって、作品によっては「凄いイラスト!」と思うこともあるが・・・風景を切り取るのが風景画だとしたら北斎のは違うだろうという気がしている。
だからこの二つの作品を読んでみても私は「溟い海」の方に強く引き付けられてしまう。
が、作品がこの二つあるということに妙にホットするのだ。
鞘から抜いた物は鞘に戻す作業が必要なように?
英泉が二つの作品で妙な魅力を発散させていて、浮世絵師の闇、芸術家の闇も厚くて深くてだけどそこには腐肉の中の天国があるのかもなぁ・・・と思わせられたりして・・・?引き付けられる作品たちなのだ。
さあて大江戸博物館に近いうちに出撃しましょうか。
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二人で探偵を

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アガサ・クリスティ著

「アガサ・クリスティの奥様は名探偵」という映画に備えて原作の「親指のうずき」を読んで書いたばかりです。
それなのにこんなに早く訂正とお詫びを書く羽目になるなんて・・・。
誰にって?勿論、敬愛する「アガサ・クリスティ女史に!」に決まっているじゃありませんか。
「トミーとタッペンスの他の作品も読み直して見る。」と書いたでしょう?で、早速。
ここ数年で、沢山の古い本を処分しました。きれいな物はブックオフへ、中途半端な物は郵便局の貸本コーナーへ、どうにも汚れた物・名前を書き込んだ物等は諦めて処分しました。
エラリー・クイン様の黄色に変色した文字の小さな文庫もまとめて泣く泣く諦めましたが、クリスティ女史の作品は買ったもの1冊も処分しませんでした。だから汚くなった滲みだらけの古い文庫でこの作品を読み返しました。先日も書いたように初めて読んだ当時好きにならなくて、1回読んだだけでお蔵入りした小説です。320円で買った文庫です。
友人が貸してと「秘密組織」を持って行っちゃったので、「親指・・・」に続いて残されたこの作品を読み返したのですが・・・つまり「お詫びと訂正」です。
このトミーとタッペンスの短編小説群は「面白かった!」のです。
えー、何で若い頃この面白さがわからなかったのだろう?と、不思議ですが、「秘密組織」も「NかMか」も読み返していない段階でトミーとタッペンスが大好きになったとはまだ言えません?
だって「親指・・・」を読んだ段階ではやっぱり未だ私にとってはクィン氏、ポワロさん、ミス・マープル、パーカー・パイン氏の順は不動です。
でも、この作品は文句無く面白かったです!もう一度言います。
多分彼らの「なりきり探偵」群に当時私がついていけなかったからかもしれません。といって、今なら「皆分かる!」というわけでは勿論ありません。
今だって、よく分かるのはシャートック・ホームズ様くらいです。ソーンダイクさんは1冊ぐらい?ブラウン神父も1・2冊?フレンチ警部も1冊くらい?かじっただけです、それも遠い日に。
でも、最後の章でポワロとヘイスティングスが出てくるに及んで、思わずこの本の遊び心に喝采してしまいました。
多分私がもっと豊富な読書をしていれば?多分もっと面白く読めた!かもしれない・・・が、しかし、この短編集はトミーとタッペンスの掛け合いと呼吸が最大に楽しめる読み物になっているのではないでしょうか?
アルバートの活躍も楽しいし・・・犯人たちもそこそこ面白い?し・・・二人の息の小気味よさで思わず笑いながら読み進んでしまいました。
短編のせいか「親指・・・」で、もどかしく思ったようなところは無く、ぽんぽんと進むテンポもリズムも心地よくて、初めてこの夫婦探偵物を読むなら、この短編集から入るのがいいんじゃないかなぁ?と、思いました。
多分この「夫婦物」全部読んでみても、クリスティ女史の主人公への私の思い入れ順って言うのは変わらないと思いますけれども、「好きじゃない」とか「好きになれなかった」とか言う言葉は全部取り消します。
この作品の二人は本当にはつらつとして、楽しそうでした!
結果、私も楽しかったです。作者も書くの楽しかったんじゃないかなぁ。
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博士の愛した数式

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小川洋子著

映画を見た時とても感動したので、きっと「原作はもっと素晴らしいに違いない!」と思いました。
それで帰ってきて直ぐ図書館に予約したのが一昨日ようやく届きました。
期待に違いませんでした。
久しぶりに、きちんと抑制された明快で美しい日本語の物語でした。
てらわず押し付けず、心地よく鼻の奥のじんわり感と共に心地よい豊かな読後感のある素晴らしい小説でした。
私は心密かに絶賛いたしました!(私に絶賛されてもね?)
「東京タワーも良かったろう?」って?
「ええ!」でも、あれは文体も面白く、感動的でしたが、その感動に「直球勝負!」みたいなところが有ったでしょう?
この「博士の・・・」は練り上げられ繊細に構築された緊密な世界がなんともいえない優しさで心の中に浮遊してくる・・・山形の緩い曲線を描く・・・そうね、そんな球筋とでも言えばいいのでしょうか?
面白いわね、豪腕江夏の懐かしいエピソードがちりばめられているのに・・・それがかもし出す雰囲気は静かな美しさだなんて・・・。彼らの物語に精彩を与えていた江夏の挿話が私にセピア色を帯びた懐かしく、帰らぬ日々を思い起こさせました。
限られた時間の中で無限の世界を持つ博士と、素直にその世界を理解しようと寄り添う主人公の優しい心根と、きっと持って生まれたに違いないと思われるような敏い洞察力で博士に向き合うルートとの織り成す世界の不思議は博士の愛する静かさで読む人の心に染みとおってくるようです。
こんな世界を繰り広げる人ってどんな心をお持ちなんでしょうね?
小説と数字って思いもかけない組み合わせで、こんなにも詩的な情緒がかもし出されるなんて、なんかワクワクしましたね。
小川洋子さんという名前は知っていましたが今まで読もうかなと思ったことがありませんでした。
又一つ泉を発見したのでしょうか?
それにしてもと私も深沈と?自分の数学の歴史に向き合ってしまいました。博士のような方に数学を習っていたらどうなっていたでしょう?
私はこの本を食い入るように読んでいても「フェルマーの最終定理」とか「オイラーの公式」とかのことも、その美しさも、博士の書き綴る沢山の数式に見えるレースのような美しさも、本当のところ分からないのです。
それでもこの登場人物たちが跪く数字の美しい世界が存在し得るのだという事を、この本を読んでいる間一度たりとも疑いはしませんでした。彼らは私の中で∞に広がり、そっとしまい込まれて永久に忘れ去られることは無いのだと確信しています。
それにしてもなぁ・・・中学3年の時までちゃんと通信簿で5を貰っていたのに高校のどこで分からなくなったものだか・・・それすらも分からない私です。
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ブレイブ・ストーリー

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宮部みゆき著

図書館で何人か待ちだった本が届いたと連絡を貰って受け取りに行きました。「嘘ッ!」でした。
自分では文庫本か新書版くらいの本を予想していたのですから、私ものんきです。
本屋さんで探す前に「映画」を見て納得がいかなくて、パタパタっと図書館で検索して申し込んで、本を確かめなかったのは私がうかつでした。角川書店の上下二冊本はそれぞれ一冊の厚さが4センチ余りもあろうか?と言う代物でした。
「これじゃ持ち歩いて電車の中で読めやしない!」と言うわけで、読み終わるのにたっぷり1週間はかかろうと思ったのですが・・・かかりませんでした。
でもひどい寝不足で、今頭が働いているかどうかちょっと?かなり!疑問です。
面白かった!
多分、本当の推測ですよ・・・私はロールプレインゲームと言うヤツが苦手です。でも多分?子供たちが小学生の頃友達と廻し読みをしていたゲームの攻略本のようなものを想像してしまいました。
本当に「ゲーム」っていうのはインベーダーからロードランナー、テトリスからズーキーパーぐらいのものをいうもんですよ!私に言わせれば!
ま、それはさておき、この本を読んだのは映画がきっかけでしたから、私が最初に思ったのは「脚本」というもののことでした。
あの本を2時間ほどの映画にまとめるには大変だっただろうということは良く分かりました。それにしては実に要領よく芯を一本にして対象を絞って換骨せずに構築した手腕が「光っていたんだ!」と、思いました。
脚本家を目指す人の気持ちがなんとなく腑に落ちたような気がしました。
下手な脚本家に手がけられたら「骨抜きになって物議をかもす!」なんていうことが起こるのも「なるほど!」です。この映画の脚本家は実にシンプルに「選び取った」のだと感心しています。
さて、宮部さんのこの物語です。
映画と違うのはこれは大人の私にも色々考えさせられる「精神的なステップ」がいっぱい散りばめられてあって、私も子供に戻らない「今の自分のまま」、ハードルを越えていかなければならなかったのです。
そして今の私はこの旅を潜り抜けたワタルほども自分の50年余りの人生でしっかり考え奮闘してこなかったということに気が付いてしまいました。いやはや!
宮部みゆきさんの手の平でまたしても自由自在に操られてしまいましたね!
最後の1ページを読み終わって、今そのことに感心しまくっているところです。凄いや!
だからある意味この本は私を「東京タワー」より泣かせました。
私の中に残っている童心が素直に感応してしまって、彼の(ワタルの)最後の願いにはもう涙!でしたから。
「よくやった!よく成長したね!」と、頭を撫でてあげたいくらいですが、彼の方がもう私より大人です。
気恥ずかしくなっちゃいましたものね。
読む人は皆きっとこの本のどこかで自分の問題と向き合うことになりそうです。
そのときにワタルのような選択をするかどうか分かりませんし、違う選択肢を選ぶのもありなんですよ、きっと。それで良いんです、自分の現世ですからね。
でも、選択すべき時にきちんと自分の選択を出来る自分でいたいものだと・・・遅まきに思ったことでした。
書き抜いてしまっておきたいような言葉をいっぱい見つけました。
宮部さん真っ向から精神論というか倫理論(道徳論?)を振りかざしているのだと感じましたが、その包み紙のオブラートがまるで万華鏡のようで本当に楽しい読み物でした。
キャラクターがちゃんと映画を離れて一人歩きしています。私の中で。
映像を見た後でそれに左右されないでイメージを作るのって結構難しいものでしょう?それなのにこの物語に関しては簡単に私のワタル、キ・キーマ、カッツ、ロンメル隊長、ミーナ、ミツル、カッちゃん、ラウ導師の「オリジナル?イメージ」が出来ました。
それだけ宮部さんの筆も生き生きと登場人物?を描き出していたんですね。きっと、また読み返しちゃうわ。何度も何度も!
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パール街の少年たち

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モルナール・フェレンツ著

先日ブロードウェイのミュージカルを総集した番組をBSで見ていました。
私は見ては居ないのですが「回転木馬」という有名なミュージカルがあります。
その「回転木馬」の紹介に「戯曲「リリオム」の翻案で、アメリカらしくハッピーにしたものだ。」というのがあったのです。
え、「リリオム」?それで思い出しました。
大好きで大好きで何度読んだか知れない物語をです。
小学生の頃、読むたびにネメチェク・エルネーの為に、ボカ・ヤーノシュの為に、子どもたちの失われた空き地の為に流した涙を。
で、今日書こうと思うのは彼の代表作といわれる「リリオム」ではなくて、私の大好きだった「パール街の少年たち」です。
今でも読まれているのでしょうか?
舞台はハンガリーの「ブタペスト」でした。
今は「ブダペシュト」市というのだそうです。
物語の子どもたちはこの都市のペシュト側・下町に住んでいます。
でもこの遠い国の子どもたちの日常は、その世界は、私の子供の頃の仲間や東京の下町と変わりはありませんでした。
私も彼等と同じに空き地の権利をめぐって隣の町内の子どもたちと戦争をしました。
負けてすごすご帰る日もあれば、勝って意気揚々と日暮れまで遊びほうけた日もありました。
お隣の五つ年上のお兄ちゃんにくっ付いて、二つ年下の弟を引き連れて空き地を走り回りました。
ブタペストのその空き地も、浅草の空き地も同じごく当たり前の子どもの世界でした。
「少年少女文学全集」の中に収められたこの物語で、私は全く私たちと変わらない外国の男の子たちを見つけ出したのです。
ボカはお隣のお兄ちゃんでしたし、ネメチェクの気持ちは私の気持ちでした。
隣の町内の子どもに追われて転んで泣いた私を、お兄ちゃんが引きずって帰ってくれた日の無念な気持ちは、ネメチェクが仲間の旗を奪われた日の屈辱と重なり合いました。
命を懸けてネメチェク・エルネーが守った仲間の旗と空き地はボカが思ったように、子どもらから「奪われる姿をネメチェクは見ないで済んだ!」という無理やりの慰めで終りますが、私はその空き地がNTTのビルになってしまった姿を見なければなりませんでした。
だから、物語の終わりはいつも涙で涙で、文字が見えなくなりました。
東京の子どもの遊び場であんなむき出しの地面はもう無いのでしょうか?
土管がゴロゴロし、電線の芯だった木の筒がゴロゴロしていただけの、時に雑草で姿が埋まるような空き地は?
だからこの物語を読む子はもう居ないのでしょうか?
私にとってのこの「永遠の物語」と、あの何も無い空き地にこだまする子どもの声が今も当たり前にあるといいのに・・・と思わずには居られません。
昨年ハンガリー旅行をするにあたって、ハンガリー・ブタペストといえば「パール街の少年たち」の私は図書館で探してみました。
ちゃんとありました!
図書館で時間を忘れて読みふけった私は、帽子を目深に被って帰らなければなりませんでした。
そして男の子だけではなく女の子のお母さんもこの物語に気が付いて、子供たちに勧めてくれたらいいなぁ・・・と思いました。
町内に子どもが溢れていましたし、その子供等がみんな寄り集まって遊んでいました。
小学6年生から幼稚園の子どもまで一緒でした。
あんなふうに安心して子どもを遊びに出してやれる社会はもう遠い世界なのでしょうか?

ハンガリーは日本と同じに姓・名の順です。
ですから図書館で検索する時は「モルナール」の名か題名で検索してください。
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鉄道員(ぽっぽや)

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浅田次郎著

「雑誌以外の本って余り読まないわ。」という人に尋ねられたことがある。
「読む本ってどうやって見つけるの?読書が趣味なんでしょ?」
「う~ん、色々だけどね。人から教えられたり、本屋さんや図書館でたまたま見つけることもあるけれど・・・そういえば本屋さんで見つける時に面白い出会いもあるのよ。」
と、この本を見つけたときの出会い話をしたことがある。

それまでこの作家の作品を手に取ったことは無かったのだが、「好きだ。」と言った友人がいたのを思い出して、本屋の棚をずーっと見ていった。
かなり沢山の本が並んでいて「ほおぅ!」
そのときに目に付いたのがある短編集だった。
作家に注目する時、私は短編集から入ることが多い。
魅力的な凝縮された短編に出逢うと「ではこの人の長編にトライしてみるか!」という気になるのだろう。
その時もこの短編の題「鉄道員」というのに心ひかれたのだ。
昔この題のイタリア映画だったかな?いい映画があった!
なんとなく旅情を刺激されるし、憧れとか、郷愁とか・・・
それに「ぽっぽや」というルビがまたゆるやかでいながらプロ的な何かを表現していて、思わず手に取ったのだ。
が、その日はもう時間が無くて数ページ目を通しただけで本を棚に返さなければならなかった。
私は親友になる本には慎重だ。
しかし、場合によっては数ページで確信して買い込むこともあるが(ロザムンド・ピルチャーさんの時は「花束」で確信した!が)、この時はそこまでいたらなかったので、次回の楽しみに取っておくことにしたのだ。
結局その後2回の本屋さん通いで(すいません)この「ぽっぽや」を読み通してしまった。
予感にたがわず途中涙で目は曇りかけるし、心は優しくなっていくし・・・普段だったらこの本確実にゲットして帰るはずだった。
ところがこぼれかけた涙のせいで私は本屋から慌てて退散し、その日買わなかったのだ。
そしてこの話をその人に何気なく話したのだが・・・それが運命の分かれ道?

話を聞いたその人が言い放ったのだ。
「へぇっ、読書ってみみっちい趣味なのねぇ!ただ読みじゃん。」
物凄く素敵な作品だと思ったんですよ。
心がふっと優しい異次元に運ばれて柔らかく揉みほぐされて返されるような。
でもその一言!
私は階段を踏みはづしてドッタンと落ちて、尾骶骨にひびが入ったような痛みをがっつんと喰った感じ!
浅田さんと「み・みみっちい?」が妙に結びついちゃって?それ以来まだ浅田さんの棚に近づいておりません。
あれからもう7、8年以上もっとかな?経つというのにね。
最も、その後映画は見ましたよ。健さんのファンだしぃ。
ここで白状しちゃったから、免罪符!
さぁ、次の段階に進みますかな。
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日暮らし

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宮部みゆき著

本当なら「ぼんくら」を先に書くべきだなぁと思いつつ、今読み終わったばかりだから、フレッシュなうちに・・・。
「ぼんくら」は読み終わったからと父が置いて帰った。
好きな宮部さんの作品だから直ぐ飛びついて読んでしまった。
一気に読んで面白かったんだけれど、ちょっとこう思ったのだ。
「宮部さん、一息入れて遊んだな?肩の力抜きまくって、思いっきり気楽に楽しんで書いたんだな。」
だから?読む方も思いっきり楽しくすっ飛ばして読んでしまったけれど、ちょっとそれきりっていう感じだったかな。
それに人物造形が今ひとつなりきっていないと言うか「余りにも作り物っぽいや!」って言う気がして。
主人公の「ぼんくら」さんも登場人物も皆面白かったのは確か!
でも途中「おい、黒豆さんはあれっきりかい?」とか「うへぇ、霊験お初より嘘っぽいよ!こんなのいるわけ無いでしょが!」とか突っ込みながら読んだのも確か!
(でも霊験お初は大好きです!念の為)
だから、「日暮らし」が出た時、狭い我が家にまた蔵書が増えるのもなぁ・・・なんて思って、図書館に予約したのだ。
それがナント!今の図書館は凄いよ。
「260人待ち」なんて、出るんだから。
私みたいなファンが多いのかしら?ゴメンナサイ、宮部先生!
そして、忘れた頃に図書館からメールのお知らせ。

貰ってきた日に「ぼんくら」よりモット一息に、寝ないで読み上げてしまった!と言うわけ。
待っている間に頭の中で彼らがお酒のようにまろやかに成熟していたのかなぁ?
今度はすっきり飲み込んで突っ込みいれる間もなく楽しんでしまった。
実際作品そのものも熟成していたんじゃないだろうか。
宮部さんの頭の中で一人一人の個性も物語も。
「いやぁ、人物がなんとも皆いいねぇ!」って言うのが今回の合いの手!
あの長屋顛末記の後日談としても。
エピソードそのものにはちゃんと毒も凄みも悪気もあるのに読後がまろやかなのは人物の良さもあるけど、締めくくりのハッピーエンドもあるけれど、文体の・会話のお遊びもあるからだねぇ。
こっちも主人公の性格があやふや(ぼんくら読んだ段階ではね)なりに持ち味が飲み込めて物語の顛末をじっくり味わう「下地が熟成されていた!」みたいなんだ。
こんな旦那と一族郎党各町内に一揃い欲しいなぁ!
おでこや馬面はそこらで見られそうだけど、でも弓乃助に会ったら・・・全部お見通し?
そりゃちと剣呑・・・わたしゃすたこら・・・だわさ。
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