天使のナイフ

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薬丸岳著

大体何とか賞というものには惹かれない時流に疎い私で、読書は大抵古典が主体。そんな私もそろそろ大曲りの年頃?少し気分も若返るため、それでもちょっと遅れ目?ですが新しい作家というか今まで縁が無かった作家の作品にも目を向けてみよう・・・ということで。
この作品は新聞の下段の広告で「犯罪被害者と少年法」に迫った第51回江戸川乱歩賞受賞作という惹起文に惹かれての選択です。
江戸川乱歩賞というのは知っていましたが始めてその賞の作品を読みました。
巻末の歴代受賞者の作品一覧を見ても読んだ物は一冊も無いようですし、作家も知らない方がほとんどという有様です。
でもこの作品は興味深く読ませてもらいましたから、この作品群の中から名前を聞いたことがある方たちの作品を順に遡って読んでみるのもいいかな?と思っています。この受賞者の皆さんは今も活躍していらっしゃるのでしょうか?大体選者の方からして大沢在昌さんしか知らないんですから。汲むべき泉はいっぱい潜在しているってことですね、私にとっては。
この作品は作者の始めての小説のようでしたが、この長い作品をよく破綻させずに纏め上げたものだと感心して読みました。初めての小説ですよ?!
プロットはしっかりしているなぁ、最後にいたる伏線もきっちりしているなぁ・・・と思いながらも文体に堅苦しい読みにくさがあって、でもそこが初々しい作品の持ち味かとも思いました。
決してその感じは不快なものではありませんが、表現が直截すぎて、じんわりと感情移入していく緩やかさが少し欲しいと感じました。
主人公の気持ちを押し付ける言葉が多いという感じでしょうか。
主人公の気持ちは痛いほど分かります。
むしろそれが分かるからこそこの本を読んでみようかという気になったのです。なぜなら今現実のこの社会は若い子の犯罪におびえているところがありますもの。
注意してあげたいと思うことが一歩町に出るとひしめいているのに、怖くてそれが出来ない社会です。
その連鎖が又怖い子を産んでいくのだと承知していますが、今目の前にいる子供が私の一言で切れないという保証はどこにも無いのが現状です。
そんな子供たち、心は幼くともすることは一人前に悪いという犯罪を見て厳罰以外の何を望めるのか・・・って思うこともしばしばです。
家庭に戻したとして機能する家庭かどうかどうやって見極めたらいいのでしょう。そんな時代にしてしまったのは何故でしょう?
考えなければならない事を実に上手にこの作品は提起していましたが結末のつけられない問題で、おかれた立場で意見は千差万別でしょう。被害者にならなければ被害者の心は分からない!でも加害者になって加害者の気持ちがわかるようにだけはなって欲しくないと願います。今の社会に意味のある作品だと思いました。
愛情をいっぱい受けた子供でも犯罪に押しやられる、または犯罪者にすすんでなることは多いですし・・・3人の少年のうち一番家庭がしっかりしていそうだった犯人の少年の事をつい考えてしまいます。
そして祥子さんの人生をそっと撫でてあげたくなりました。
可塑性ですか?なんという可能性を秘めた言葉なんでしょう。この言葉が生きる事を願いますが。

デセプション・ポイント

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ダン・ブラウン著

「デセプション・ポイントとはあえて訳せば「欺瞞の極点」とでもなるだろうか。」越前敏弥・訳者あとがきより。

先に申し込んであった「パズル・パレス」より先にこの本がやってきた。全く先入観が無かったので開いて直ぐ「ほー、女性が主人公だ!」と、一瞬意外に思った。ラングドンのシリーズだとは思っていなかったけれど、考えてみればラングドンはいつも女性に引きずられているところがあって、その引きずる方の女性の身になって書けばいいだけのことかもしれない?
過去に読んだ二作(「ダ・ヴィンチ・コード」と「天使と悪魔」)と同じく、この本も読み始めて直ぐその膨大な知識の奔流に全く疑う暇もなくその流れに溺れた。
物語がこれだけ早く展開すると繰り広げられた世界に関する情報の真偽なぞ考えてなどいられなくなる。
この知識の上に立脚して私は物語の世界に引きずり込まれたのだから(その点全く文句は無いんだけれど)二つの流れに引きずられるのだから、抵抗など出来ないだろうという事を言いたいだけなのですが。
物語の進行の奔流と情報(知識)の奔流との二つの力に。
それが読む快感になっている。短く刻まれてジャブのように繰り出される幾つもの場面、眼が回りながら?ドラマを夢中で追いかける楽しさ。
主人公・登場人物の設定が特別に意表を突くものではないながら、あらゆる点で理想的な羨ましい人種なので憧れまで抱いてしまう。
そこがちょっとチェッ!って感じがしなくも無いが、なれるものなら主人公になってみたいと気持ちはすっかりその気。
彼の作品の主人公は天からニ物も三物も運まで与えられていて難題を間一髪で切り抜けていく。
これが小気味が良くなくてなんだろう。しかもちゃんと最後にはロマンチック場面ももれなく?盛り込んである。トーランドと妻の逸話は絶対泣かせるし、この困難を乗り切った後なら私だってこの愛を祝福するにやぶさかではないし。
「イアン・フレミング」を夢中で読む高校生と「ダン・ブラウン」を夢中で読むおばさんとの間は紙一重も無いんだね!
私も成長していないらしい!
しかし本を閉じてつらつら思うに・・・ここに描かれた機密はもう機密でもなんでもないんだ!ホント?するってーと、無防備にインターネットに繋ぎ、携帯を利用し、電話を掛け捲っている私はひょっとして国家の秘密とすれ違ったら「あ」という間もなく抹殺されるんだ!間違ってもそんな者にも物にも縁が無くて美味しい紅茶とお菓子を手元に置いてこの本を楽しめる人生に感謝しよう・・・っていう気に苦もなくなれる。本の最後で謝辞に名前を挙げられている情報源の人々は今頃抹殺されているはずだよなぁ・・・?それにしても恐ろしい世の中!
「天使と悪魔」や「ダ・ヴィンチ・コード」の宗教的・美術的な舞台と違って「宇宙」や「海洋」や「氷河」など自然が舞台で最先端の軍事機密が満載のこの物語は一層男の子たちの新しい冒険小説のバイブルになるかもしれない?へーすげぇ、そんなことも出来るのか!!そんなことになっているのか!!!ただ、セクストン上院議員の性格設定は余りにも安易で類型的で折角の作品の厚みを損なっているような気がしてしまった。
だって、これじゃぁなんでここまで(大統領選の対立候補)来れたんだか・・・絶対ありえないでしょう?善より悪にこそ魅力がより多く与えられなくては物語りはちょっと・・・だから?私にはラングドンシリーズの方が面白かったのかな?
この本に盛り込まれた知識は醒めてみたら私には何の役にもたたなさそうで・・・憧れの旅行先にもなりそうも無くて・・・でも、「今」ってホント凄い!のね。
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アトランティスのこころ

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スティーヴン・キング著

初めてキングさんの本を読んだのは先にも書きましたが、「ローズ・マダー」です。その時は映画化(映像化)していない作品をと思って探しましたが、この本はアンソニー・ホプキンスの映画で見ました。それもほんの偶然に、題名とアンソニーの名で惹かれて「録画」しておいたものでです。「SFファンタジー」かと思ったのに。
見てから原作がスティーヴン・キングだと知りました。
彼の作品では「スタンド・バイ・ミー」「グリーン・マイル」に続いて気持ちよく見られた作品でした。なにしろアンソニー・ホプキンスさんが魅力的な老人を演じて(この人の目は温かいとなったら・・・本当に温かい!でも違うとなったら・・・!)、少年期を描いた心温まる作品でしたから。本当にいい映画でしたよ。母親役の女優さんがいかにもそれらしく?って、少年と母親の微妙な関係を表現していて・・・「見で?」のある映画でした。だから次にキングさんを読む時はこれって決めました。
映像で見る限り老人テッドには超能力?(不思議な力)はあっても恐ろしいものの様ではありませんでしたし(彼自身は悲しい宿命の下に身を潜めていたようでしたが?)、むしろそれより少年の幼き日の悲しみやテッドとの交流で得たもの(父性とか父の発見とか友情・絆、本への感性、能力?等)、そしてその成長が全体を覆う超自然的な不安の下でさえも、どちらかというと甘悲しい映画でしたから、これならいいでしょう?
ところが小説はとても長くてボビーの少年期の話は全体の構成の中の2分の1ぐらいでした。結果的には映画は実にウマイところを選び取って脚本・監督が見事だったということでした。
さて、本の方の話です。
この大作は・・・最もキングにとっては大作のうちに入らない?・・・5部構成、上巻1部「黄色いコートの下衆男たち」下巻2部「アトランティスのハーツ」3部「盲のウィリー」4部「なぜぼくらはヴェトナムにいるのか」5部「天国のような夜が降ってくる」
映画はその1部と5部の終わりをつないだもので、残りは省いてありました。私が面白く読めたのも丁度その部分でした。それだけで十分物語り読みには楽しいわくわく小説になっていますが、全部通して読むとここ40年間のドキュメントの色合いを帯びるようです。どの巻にもポイントになる「不思議」が微妙なかげりを帯びて支配しています。そこがキングなのだろうな・・・と、思い始めています。
そしてそこが読者をひきつけて止まないのだと。
ひょっとしたら「映画で見たから読むの止めよう、キングさんは。」・・・と思っていた私が方向転換するきっかけになるかも?
それは厭なんですよ、実のところ。何しろキングの作品はどれも長いんですもの。大抵は怖いし!
「アトランティスのこころ」は時代が人間に及ぼしたものの方がキングの味付けより怖くって、結局人間ほど恐ろしい物はないのだと今気が付いたところです?
60年代半ばに大学生になった私はあの時代の空気を覚えています。といって、私は何をしたということも無かったのですし忘れかけてはいますけれど(殆ど忘れていた!)、この作品を読んでいるとあの頃アメリカで私と平行な時空を歩いていた学生や若者の痛みがどれだけのものだったのかが、キングの多用する風俗・映画・音楽の間からにじみ出てきてひどいケロイドを見せ付けられるようです。
「ヴェトナム帰還兵は癌になる」「ヴェトナム帰還兵は鬱になり、酔っ払い、自殺する」「ヴェトナム帰還兵は歯が悪い」「ヴェトナム帰還兵は離婚する」そして最後の親指「ヴェトナム帰還兵はジッポーを持ち歩く」までの最後の間にサリーが思うアメリカの姿!
今度の戦争の後ではどうなるのかと思うと・・・それが津波のように世界に及ぼす「文化」の事を思うとね。でも1部があって5部に繋がるから、キャロルと一緒に心の底から悲しむ涙を流さなくてもいいのかも知れない。
1部で終らないのが・・・キングなんでしょうね(又言っちゃった)。
「自分の部屋が前より狭苦しく見えた。帰り着く部屋ではなく、立ち去るべき部屋という感じだった。・・・ボビーは自分が成長しつつある事を認めた。頭の奥で苦々しげに反対している大きな声があった。ちがう、そうじゃない。ちがう、ちがう―声はそう叫んでいた。」
ねぇ、キングさんって10代の私のそばにいたんでしょうか?
こんな文章を見つけるために、又キングさんを読むんでしょうね。
ボビーの手を離れてからぐるっと回ってボビーの元に戻ってくる魔法のかかったグローブを手にするのは誰なんでしょう?でもそれにはテッドの温みも不思議ももれなく付いてくる?
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出口のない海

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横山秀夫著

父から「「回天」の映画見に行こう。」といわれた時には、そして見てもこれが横山さんの原作だとは分かりませんでした。本を読んでも!です。
それくらい今まで読んだ横山さんの本とは違っていました。
「洋画の字幕についていけなくなった。」と、ここ数年邦画に転向?してからありがたいことの一つは父がどんどん新しい作家の作品に親しむようになったということです。元々読書家ですが、「レディ・ジョーカー」を見なければ高村薫さんの本を、「博士の愛した数式」を見なければ小川洋子さんの本を読むようにはなっていなかったでしょう。「半落ち」の御蔭で私も父から回ってくる本で横山さんのファンになりかけているところです。もうなったかぁ!
横山さんの本を読み始めてからまだせいぜい1・2年です。たいした数は読んでいません。だからこの本は横山さんとは思えなかった・・・というのは早計ですね。勿論この本も先週来た父が置いていきました。
大体満州で戦争体験がある父が戦争の事を話すようになったのも、やっとここ数年のことです。それも、孫が質問したからだったのですから。そんな父ですから「男たちのヤマト」とか「回天」とか見に行くとは思わなかったのですが・・・
「確かに海軍の方が新兵いじめは少ないとあの頃聞いたが。何しろ陸軍のいじめは本当にひどかったから。」とは言葉少ない陸軍新兵体験のある父の言葉です。
「玉が後ろから飛んできて戦死した上官もいたって話もあったなぁ・・・」
一瞬なんのことか・・・
この時は「海に出れば一蓮托生、板子一枚・・・っていうじゃない?海軍は連帯感が違うのかしら?」
「それはどうかな?」なんて話していたのですが・・・
人が二人寄ればいじめって始まるものなのかと、大の男集団の浅ましさを、今の今の世間と摺り合わせてなんか切ないですが。
いじめられる方も命がかかっているなら、いじめる方にも命がかかるんだという事を心したいものです・・・って、本から逸れました。
映画を見るつもりで先に本を読んでしまった父が、映画の感想を殆ど言わなかったのが本を読み終えて今分かったような気がします。
結局人が集団になれば力関係が出来るわけで、卑劣な・極限状態になればそれもエスカレートするわけで・・・海軍も色々な名前に体を借りたいじめの横行には歯止めが無かったって事です。
あれよりひどかった陸軍って?と、ただただ怖いです。
死が決まっている人に振るう暴力って後ろめたさの裏返し?
この作品はとことん主人公の気持ちを、周りの青年たちのその当時の様を追い続けてゆきますが・・・やはり読んでも分かりはしませんし、調べることで時代に追いつく何かがあるような気もしません。
でも知らないで済ませられない気持ちも良く分かるようです。
目の前の死は「ゲド戦記」を読んで深沈と生死観に思いを凝らすようなわけにはいきません。ただただ辛いです。
「戦争はいけない」というのは永遠のお題目で人間はどんな反省の上に立っても結局は戦争を起こす事を目論む動物なのだと、思わされてしまいます。戦争のないこの日本の60年の「奇跡の空白?」としか言いようのない時空にぴったりはまり込んだ私の人生の特殊なこと!その驚き!
あんなに若くて夢のある人に負わせてはいけないものを負わせてしまった負い目を映画の脚本は置き去りにしてしまったような気がします。平和なはずの国に暮しているのに今の子供は何を負わされているんでしょう?若い人の中には死を目指す種がまるで宿っているかのようじゃありませんか。
「弟を見れば今の教育が分かる。」って、主人公が言いました。親と学校の教育を何とかしなくちゃと切に思いますが。
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ゲド戦記(続き)

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アーシュラ・K・ル・グィン著

また、ゲド戦記です。やっと3巻目が来ました。
2・1・5・外伝・4・3巻の順で図書館から回ってきました。
こんな順でこの本を読む人っていそうもありませんが・・・?いや、図書館で借りた人なら?こういうことになったはずです?
さて、この感想録一体どうしたものだろう?今更?
映画「楽しみました。」と、書きました。確かに!でも、余りに分からないところがあったので本を全部読む気になったのですが・・・なんでこの物語を映画化する気になったんでしょうね?
この物語が好きだったら、あの映画はありえないだろうし・・・という気がしてなりません。本を読んだから言うのですが。あの映画を作りたかったのなら、ゲド戦記という題を外して良心的に?するなら「ゲド戦記に想を得た」オリジナル脚本ということで「違う題名」でという方法はなかったものですかね?それなら受け入れ十分OK!ですよ。
原作と脚本は違う作品だということは承知ですが、「レバンネンの冒険」みたいな感じで括ったほうが良かったのになぁという気がします。むしろその方が換骨奪胎とも言われないでしょうし。
なぜなら、読み終わった感想はこれはゲドの戦記というより、ゲドの歩んだ路にちりばめられた冒険による成長と生死の倫理観風人生の指南書という印象が強かったからです。(ゲドから学ぶといったほうがいいかな。)
ゲドも良き師を得て不安な少年から冒険の青年期を経て大魔法使いとなり老いて一個の人間に成熟していく過程で、自分も師として、夫として、父としてアレンやテナーやテルーの成長に関わっていく物語として私は読みました。
だって、冒険そのものより会話でつづられる沢山の言葉たちの含蓄が凄いんですもの。それなのにロマンスも満喫できるんですから。
好きなとこを書き抜いて永久保存しちゃおうかと思いましたが、それより「買いだ!」と思いました。
前にも書いたかと思いますが田舎の邸宅?(クスッ)暮らしを止めてこのちんまりしたマンション暮らしを選んだ時点で(何百冊もの本を泣く泣く処分したんですよ)本は図書館と決めた私です。買うのは最小限度と決めています。
しかもこの歳!今更成長でもないでしょう?
それでもこの作者が描く世界のバランスは本当に魅力的です。
ゲドの言葉は私の残り少ない人生を温めてくれるかもしれないと思ったんですよね。だからいつでも読み直せるように。
この本は子供たちへのワクワク冒険話であると共に楽しい人生の哲学入門・倫理事始?にもなりそうですけれど、私への「人生捨てたものではないわね!」書?にも「まだまだ学ばねばならないことありそう!」書?にもなりそうですよ。読んでいると魔法のある国で楽しんだり安らいだりしながらも、「そうよね、今のこのフレーズ、心に抱いていたいわねぇ・・・」というところに立ち止まってしまって、とても穏やかな気持ちになりました。
生きていくうえでの暗い側面が底に流れながら、上空には明るい光が漂っていて、その中空で魔法が働いて様々な色合いの智恵でつづられていくのが人の一生なんだと・・・。
朝が来ないのじゃないかと思ったことはありませんでしたか?
でも来ましたよ。確かに!・・・そんなこと思い出したりして。でも、何時かは来ない朝も・・・!
ゲドの世界の「王」って「竜」って何を象徴するのでしょう・・・ユックリ考えてみるかな?と、思った時に「やっぱりこの本は買いだ!」です。何度読んでも泉がありそうです。1巻からちゃんと読み通さなくてはね。
書き抜いた幾つものフレーズここに書き抜きたいのは山々ですけれど、今回は止めて起きましょう。どれだけ長くなることか・・・!
私って地図がある物語に弱いのかな?中央部に赤や黒や褐色の人がいて東のはずれに白い人がいるのもなんとなく良くない?
それになんてったって、竜が出てくるのですよ!竜が!
?もうじきクリスマス?買うのちょっと待ってみようかな???うふぅ。
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緋色の記憶

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トマス・H・クック著

「題名は大事!」って、先日書いた通りに題名で惹かれたのですけれど・・・だって、ホームズ・ファンとしては「緋色の研究」を思い出さないわけにはいきませんし、高校生の時の読書家としてはあの当時高校生定番?だったナサニエル・ホーソンの「緋文字」を思い出さずにはいられない「題」ですからね。
そして二つあわせれば(推理力を働かせて?)・・・おのずと答えは・・・
って程ご大層なものではありませんが、「犯罪(推理)もので、不倫がらみの恋物」?
大当たり!でした。
でも読み終わって後書きを読んだら原題は「チャタム校事件」でした。素直にこの方が良かったのではないかなぁ・・・と、思いました。
本文に何度も「チャタム校事件は・・・」という記述があるのですから。
(最も、この題だったら私はチョイスしていなかったかなぁ?)
私はこの「緋色の記憶」という題で既にかなり想像を逞しくしちゃっていましたからね。先入観を抱き過ぎましたもの。この思い込みは後になってみるとやっぱり邪魔だったと思います。
この作品の凄いところは「誰が誰を殺したんだ?」って事を知りたさに、目の前に人参をぶら下げられた馬みたいに?私は突進する勢いで読み終えてしまったというところです。
事件が起こって、誰かが死んで、ミス・チャニングが裁かれたらしいということは判ってはいても、私が知りたいと思うことは最後まで確定的な言葉では表現されません。
語り手の少年だった過去と、思い返している老年の今とが細かく入り乱れて、読む私は作家の思う壷?じたばた足掻きながら不安にせきたてられるように読んでいったのです。
次から次に質問が口から出掛かるようでした。
父である校長はこの事件にどんな役割を果たしたのだろうか?
その夫でもある校長の苦悩は何によって生まれたのか?
母親(妻)の夫への根深そうな不満と反抗は何に萌すものだったのだろうか?
嫌悪感を匂わせて語られる検事はいったい何を立件をしたのだろうか?
サラは・・・何か悪い予感がするけれど・・・どうなったのだろう?
リードの子供アリスに覆いかぶさる不安の要素(挿入される子供たちのからかい「歌」など)は何を語るのだろう?
そしてこの中の「不倫」二人の恋の本当の姿とは?
そして何よりこの語り手の少年の心の中のはかり知れなさ。
少年期から青年期への脱皮の多感な時期の憧憬や焦燥の複雑さ。
彼は物語の最後まで何を隠し通すつもりなのだろう?
絶対何らかの大きな役割を担っているはずのこのヘンリーは?
結婚しないわけ、愛情を遠ざけるわけ、子をなしてはいけない理由!重なる謎と過去と現在の振幅・・・それで読ませてしまう作者の綯う罠。
その罠に填まった格好の私がこの作者の次の作品を物色している姿も推理?出来るようで・・・「このミステリーは面白い」?
どこかのキャッチフレーズみたいに絡め取られたかも知れません。
それにしても姦通で3年もの刑期が化せられるなんて・・・今なら?
大抵の時代は女に過酷だったように思われるけれど、この頃・・・からは?男に過酷な時代が来るのかも・・・帳尻はどこかであわせてもらいたいものですよね?
男に緋文字をくっ付ける時代・・・笑える!いいかも?・・・って、そういう意味ではなくって!
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東京奇譚集

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村上春樹著

新聞で「カフカ賞」とかを取ったとかで、受賞式後のインタヴュー記事を読んだ。次はアカデミー賞とか?
そういえば以前にもアカデミー賞の候補?みたいな話題なかったかしら?作品の多さからみても、翻訳されている作品も多いらしいし?何より次男の書棚にいっぱい「村上春樹」の名があったし・・・?
何時だったか「面白い?」と聞いたら、ひょいと1冊「読み終わったとこだよ、読んでみたら?」
題も忘れたけど、薄い文庫本だったと思うが・・・これが面白くなくて「面白かったの?ほんとに。」
「最初に読ませる本間違えたかもなぁ・・・」
それっきりでしたが、ニュースのせいか?再挑戦。
賞に弱いからではありません・・・念の為。
題名から自分のアンテナに引っかかるものを・・・と、探した結果がこの本。
題で選んで結果・・・大正解!
私向きじゃん?(失敬!)
短編集です。以下の5作収録。
「偶然の旅人」
「ハナレイ・ベイ」
「どこであれそれが見つかりそうな場所で」
「日々移動する腎臓のかたちをした石」
「品川猿」
第一作目、読みながら途中もう「全然いいよ。」と息子の様に言ってみました、自分に。
偶然の程のよい楽しみ方のセンス!
人生の味わいが自分の上でちょっと濃くなった瞬間!
二作目のサチさん好きになりそう・・・だけどきっと好きにならせてくれないって感触。好かれたくないでしょうね。年も取らないでズーットそのまま二つの時の間で、二つの場所の間で、振り子のように行ったり来たりしながら、それでも蹲らないで立っていそうよね、この女の心。
三作目、何かを考えそうになりながら何も考えないまま読み終わったという感じなんですけれど、「時間の流れに身を任せ、時間を効用もなく磨耗させた。」この「私」さんも好きです。
私の時間も効用なく磨耗していったのですが、「していった。」のと「させた。」のにある夢幻の無限の距離が絶望的です。
四作目、は、いい物語でした。手のひらにそっと大事に置いておきたいような、優しく扱ってあげたいような、空中に浮揚している世界の物語のようでした。私もこの物語をそっくり「受容」出来そうです。その言葉を使ってもいいなら?
五作目は楽しく読みました。「見ざる・聞かざる・話さざる」の3猿に縛られた女の人の解放話として。
その繰り広げ方の面白いこと。解決の仕方の意表を突くこと。名前かぁ・・・名前ねぇ・・・。
また、気が向いて、心にひっかかる題を見つけたら、村上さんの本読むかもしれないなぁ・・・。題「名」は大事。
題名といえば、カフカ賞おとりになったのですが、村上さんは「カフカ」という名を付けた作品があるんですね?「カフカ」訴えてくるものがあるかなぁ?うーん。
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花のあと

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藤沢周平著

上京した父が丁度読み終わったと置いて帰った。
久しぶりに見るこの本、読んだのはかなり前のことになるが、記憶していたのはこの短編集の中に3編忘れられない作品があるからだ。
「寒い灯」「旅の誘い」「花のあと」の。
しかし私にとって極め付きの1篇は「旅の誘い」だ。
藤沢さんの短編集で最初に読んだのは「暗殺の年輪」という作品で、その中の「溟い海」で藤沢さんの作品に「填まった!」ということは以前にも書いたかもしれない。
この作品は葛飾北斎を描いた秀作で、北斎の「富嶽36景」が好きな私には非常に興味をそそられる作品だった。
版元・摺り師・掘り師、中でも版元との関係も面白かったが、北斎の絵と連動する北斎の生き様が凄く「リアル」に迫るようだった。
感情が北斎の絵の様にあっと息を呑む様なうねりで描かれていた。
最後の広重の表情の暗さ・陰惨な絶望と深手の暗さを描いてから執拗に溟い海を塗るところまでの心理描写の迫力のあることといったら・・・まるでそこに一人の山のようにケレンを抱えた男が蠢いているようだった。
北斎のあの絵はこの物語の中に息づいている男の絵に紛れも無いと思うくらいに!
返す刀があれば「広重を書くだろうな」とその時思ったが、果たして!やっぱり書いていたのを見付けた時は嬉しかった。
それがこの「花のあと」の中の忘れられない1篇「旅の誘い」だ。
しかも読んで凄いと思ったのはこの作品は「溟い海」とは全く別の表情を持っていたからだ。ここには今度は広重の絵のような表情があったからだ。
この作品に中では妻の生き生きした歓びの萌しを見て「金のために描くのも悪いことではないのだと」広重が思うところが好きだ。
広重が北斎と違って化け物のような芸術家では無くなるから?
私は広重の絵を「ふぅーん」と思って見るタイプの人間だ。
特に好きでも嫌いでもない・・・でも見ているうちにもういいかなぁと・・・しかし北斎は違う。
面白いことに夫は反対に「北斎は見事だと思わないではないけれど、好きなのは広重だなぁ。幾ら見ていても飽きない。」という。
蒲原由比あたりにある東海道広重美術館まで出かけて行ったくらいに彼は広重を好む。
辰斎が北斎に「先生の風景とは、また違った、別の風景画を見たという気がしました。」という場面があったが、私たちもそう、お互いに違った風景画を見ているらしい。
私には広重は素直に風景画と思えるのに北斎のそれは風景画と思えぬところがあって、作品によっては「凄いイラスト!」と思うこともあるが・・・風景を切り取るのが風景画だとしたら北斎のは違うだろうという気がしている。
だからこの二つの作品を読んでみても私は「溟い海」の方に強く引き付けられてしまう。
が、作品がこの二つあるということに妙にホットするのだ。
鞘から抜いた物は鞘に戻す作業が必要なように?
英泉が二つの作品で妙な魅力を発散させていて、浮世絵師の闇、芸術家の闇も厚くて深くてだけどそこには腐肉の中の天国があるのかもなぁ・・・と思わせられたりして・・・?引き付けられる作品たちなのだ。
さあて大江戸博物館に近いうちに出撃しましょうか。
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地下鉄(メトロ)に乗って

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浅田次郎著

この作品のキャッチフレーズを簡単に考えるとすると・・・
「ハートフル・タイムスリップ~あの頃には一生懸命が溢れていた!」なんてどうでしょう?
タイムトリップといってもこの作品は地下鉄地下道の古い出口と夢の二本立ての時間旅行です。
そこが目新しくてひねっていて他のタイムトラベル物と一線を画すところです。
ある意味では夢は地下鉄の出入り口を時間旅行のタイムマシンに出来ない場所にトリップするための苦肉の策ともいえるのかしら?
一つ旅行をして一つ知る、すると疑問が出来る、又旅をしなければならない。手を加えた過去のせいで普通だったらタイムパラドックス何かが変わるはずなのに変わった様子もないし・・・主人公はタイムトラベルが起こす二次的?変化の事を知っているから・・・最も今の読者は皆知っているから・・・だからこそこの物語の結末をどうつけるのか興味津々で読み進むわけで・・・。
ところがこの物語はその点でタイムスリップ物とは決定的に変わっている。「バック・ツー・ザ・フューチャー」とはいかない。
兄を自殺から救えたわけでもないし、父と和解するわけでもない。生活は変わるだろうが、・・・否、変わるのはみち子さんとの生活が清算されてしまったことだろうがしかしそれも間もなく彼の記憶から抜け落ちて行くことが約束されている。しかしこの清算は理にかなわない・・・なんてことはこの際言いっこなし。
色々な点で引っかかりはあっても醸しだされる懐かしさと切なさは読み応えがあります。
色々と時代に手をつけたにしては得たものは「知ったということ、見てきたということ」に尽きるのですから。
私がキャッチフレーズにつけた「ハートフル」と言う言葉は手垢が付き過ぎて軽過ぎるきらいはあるけれど、このタイムとラベルで「親の子である自分を容認できた。」という優しさに対してです。
そして「一生懸命」は真次と一緒に辿ることで私まで一緒に生きてしまったような気がする「小沼佐吉の生き方」にです。
父息子というのは母娘より会話が少ない分だけ難しいのかもしれない。確かに母と娘の場合は会話が多すぎて失敗することはあるけれど、父子の場合は会話が少なすぎて失敗することが多そうに見える。
父は息子に過去来し方を語らないし、息子も父のよってきたところを聞こうとしない。時々、事によっては、嫁の私の方が好奇心があった分舅の事を知っているかも・・・と、思うことがありますもの。
それはともかくこの作品ではみち子さんが「夢の事を話す部分、銀座線の上野駅のアールヌーボー・昭和のセンスについて語る部分」が凄く好きでした。
私は一度もみち子のように意識して乗ったことは無かったけれど、銀座線が私の一番の足だった小学生の頃がとても懐かしく思い出されて、泣けそうなほどでした。
浅草・上野・広小路・三越前・日本橋、私のテリトリーでしたもの。
私にとってこの物語の主人公は地下鉄が吐き出し吸い込むあの風のようでした。
記憶を吹き寄せまた散らす風。小学生の私にはきつい風でした。
それにしてもみち子さんは何のために存在していたのでしょう?
彼女無しでこの物語はありえなかったでしょううか?
いずれにしても、この物語の中で最高に優しかったみち子さんを悼みつつ本を閉じました。
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トミーとタッペンス

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アガサ・クリスティ著

「トミーとタペンス」について総集編!

「秘密組織」1922年
「二人で探偵を」1929年
「NかMか」1941年
「親指のうずき」1968年
「運命の裏木戸」1973年
ポワロさんもミス・マープルも作品がいっぱいあってとても全部の感想を書くのなんて私の手には負えないけれど、トミーとタペンスなら・・・5作だし・・・なんて・・・気分は生意気!
5作読み終えた勢いってもんです?
でも書かれた時間に間があるせいか(1922年から1973年まで、クリスティ31歳から83歳までの間に書かれた作品です。)、読んで受けた印象がこれほどまちまちだと却ってなんか言いたくなるなぁ。

まずは最初の登場「秘密組織」
二人はまだ二人合わせても45歳を過ぎない若さです。でもこの話の後直ぐ結婚したんですからね。
物語の進行と共に友人から同志と発展して恋を悟る・・・というわけで、作品そのものも初々しくて展開が早くてトミーの冒険タッペンスの冒険とくるくる変わる書き方で私の頭も回転させられてふらふら!
ジェットコースターで事件を駆け抜けて二転三転「面白かった!」だったんですよ、30年ぶり?くらいに読み直してみたら。
難を言えば多分そのごちゃごちゃ感?ふるいにかけて整理したくなっちゃうくらい。
当然の二人のロマンスの成り行きは余りにもイギリス的?大団円。だからいっそ、気持ちがいいって感じでした。この作品が面白かったから全部読んでみようと決意!を確固としたんです。

二人で探偵を
短編集。シリーズとしてみれば「外伝」的な作品群です。これも過去作品を参照ということで。

「NかMか」は諜報活動物です。
だから「秘密組織」のその後になりますが、もう子育ては終って退屈な?中年です。といったって、今の私より十年若い!46歳で爺さん扱いされて、仕事が無い?ちょっと許せない設定!と、思いながら読み始めました。勿論あの行動的な楽観的な、成り行き=GO!派?の二人ですから、ちゃんと事件はあります・・・というわけでお国のために一肌脱いで、何も知らない子供の会話に私たち読者も悪戯中年と一緒にニヤリ!です。「こんなお遊びしてみたい!」って思いませんでした?胸がすく!ってもんです。
きっとそれぞれに?「私にもトミーがついていれば・・・!」とか「俺にもタッペンスがいたら・・・!」なんて、思った人入るんじゃないでしょうかね?溜飲の下がる楽しい終わり方でクリスティの「ニヤリ」が見えるようでした。

親指のうずき」は既に書きましたから先回参照ってことで。

「運命の裏木戸」はもうなんと言っていいか。
何時面白くなるか・・・ならないなぁ・・・まだかなぁ・・・あァ、じれったいなぁ・・・どういう風になるのよ・・・と思っているうちに大団円?
殺された庭師の爺さんは殺され損じゃない?子供の探偵団は消化不良じゃない?・・・結局大昔からの噂話から何を取捨選択したの?と、私にとってはじれったい、鼻をつままれたって闇!みたい。
で、誰が過去の何をついでいて、庭師は何を知りすぎたのか?
「?」ばかりがずーうっと終いまで、煙に巻かれたよう。わたしってアホ?やっぱり!探偵団には入れてもらえない?
トミーとタペンスも年はとっても好奇心と探究心を忘れず、平凡な老後にも謎の花はどこにでもある「秘密の花園?」はどこにでも・・・って感じでしょうか?
私も退屈しきった老夫婦のつまらない生活に倦みつかれたくなければ日常から謎を探し出すことね?そしてあちこち首を突っ込むこと!邪魔にされても、うっとうしがられても、って教えられました?
でも、終わりの2作は忘れちゃいそうだな・・・と、思いました。
トミーとタッペンスは若さが一番魅力です。
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