風が強く吹いている

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三浦しをん著

三浦しおんさん初挑戦です。この作品と「まほろ駅前多田便利軒」の2作品を図書館に申し込んでこちらが先に届きました。
最近まで私は保守的?で、読書は長く読み伝えられて評価の定まったいわば名作主体に読んでいました。そして好きになった作家の作品はたったった・・・と続けて読んでしまうのが常でしたが、このところ傾向がすっかり変わりました。人生残り少なくなったから?気の向くままにつまみ読みです。誰かに「お薦めよ」と言われたり、書評で見つけたり、広告の文句に引きずられたり・・・行き当たりばったりです。でも避けるのはやはりあって、思いっきり泣かせるという恋愛ものとオカルトホラー・スポコンものでしょうか。それにこの本を読んで気が付きましたが「思いっきり青春」小説というものも避けていた感じです。
それが井上ひさしさんの「青葉繁れる」と「モッキンポット師の後始末」を読んだせいか、本当に忘れていたみたいな石坂洋次郎さんまで思い出しちゃって・・・で、この小説です。スポコンものに加えて思いっきり青春って感じですが・・・いいの?良かったんです!
本当に私の青春時代以来の素直な青春ものといった印象でしたが、スポコンという点に関してはどうでしょう?むしろ今までのスポコンものとは対極の位置でのスポーツ推奨小説といった感じでした。
それで私も物凄く好意を持ってこの本夢中で読めました。
私は走る跳ぶが駄目、6年の時のスポコン先生に劣等感背負わされたっきり運動とはおさらば。運痴だから運動には長いこと手を出さなかったんだけど、いい大人に成ってから運動は誰でも楽しめることに目覚めて「チェッ!って感じ?」でしたから、この急に否応無く走り始めた彼らに私は夢中!
走りに取り付かれている二人は別枠に置いておいて・・・といったからって彼らに反感はありませんよ。「ある種の能力を司どる運命の女神に微笑まれてしまった青年たちよ!」って感じですか?だから彼らは彼らで美しく自らの道を追求してくださいってものです。そういう彼らに心底憧れて共感をする読者には事欠かないでしょうけれど・・・むしろ残りの青年に共感する人はそれこそ山の様?のはずです。
なんと言ってもスポーツに対する、作者の拠って立つところがなんと言ってもいいのです。運動馬鹿も、運痴も、どちらも自分の場所を本の中に見つけることでしょう。そして彼らの誰かと一緒に風に吹かれるでしょう。
青春はやっぱり甘酸っぱくて、小気味良くて、将来があるんだと・・・微笑がホホに浮かびました。この風に吹かれて弾む気持ちは多分18歳の頃と一緒ですよ。夢中になってフレーフレーと沿道で叫ぶようにページの中に顔を突っ込み読みふけりました。
そう、50歳の時始めてスキーを履くことから教えてくれた大学生のインストラクターさんは私をコースの天辺まで押し上げて、練習を始める前に山頂からの雪の世界の美しさを見せてくれましたっけ。一寸頑張ればこんな世界が私のものになるんだって、最初に何よりスキーがこんなにも美しいところを駆け抜けるものだって知ってくださいって言ったなぁ。
誰でしたっけ?ニコチャン先輩?競技以外のスポーツを楽しんでいいのだって教えてくれる人の居なかった不幸の中にいた青年がいましたね。ほんとよねぇ、めぐり合いよねぇ・・・私だってあんな楽しい素敵なコーチに出会わなかったら運痴の劣等感の中でテニスやスキーなんて一生縁が無いままだったわ・・・などと、私自身40過ぎてからスポーツをそこそこ楽しめた来し方を、そんなこんなを、本を無理やり閉じて眠りに付く間改めて反芻して・・・素直な共感しきりでした。
心身を鍛えるためのスポーツで体を壊しては何にもならないわよねぇなんて嘯いているオバサンにだってスポーツを愛する心はちゃんと在ったってことね。そして強い風に吹かれたい気持ちはやはり心のどこかにちゃんとあるって事!
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影踏み

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横山秀夫著

最初の2編を読んだところで「ああそうか!こういうお話なんだな。」と、構成が飲み込めましたが、途端に私が思い出したのはモーリス・ルブランの「バーネット探偵社」と「八点鐘」です。ルパンには悪戯な皮肉な探偵心があります。ロマンチックな気分もね。彼の場合は勿論!自分の利益のために探偵さんをするのですからこの作品とは味が全く違います。
でもまぁ、泥棒さんが一つ、二つと自分の前にはだかってくる問題に立ち向かって、何らかの解決を見るという形態には似通うところがあるでしょう?でも、云ってみればルパンのは「哄笑」ですが、この作品の主人公真壁さんにはそれははるか対極のものです。云ってみれば、彼の場合はせいぜいが苦笑、むしろ悲しみと苦痛を一枚二枚と心から殺ぐ止むに止まれぬ行為です。最後の最後まで全ての逸話が痛みを伴います。日本的だなぁ・・・と、思います。
過去を振り返り振り返り・・・いやむしろ過去が彼を手放してくれないという異常な状況を抱えて彼は進みます。
彼と彼の内なる弟との会話で彼の全てが明きらかになっているのですが、彼が一つ一つと事件の中を進むうちに彼が抱えている彼自身の問題もよろめきながらも変化を見せていきます。
彼のうちにある葛藤と彼の周りの世界で起きる葛藤とが同時進行で綯われていきますが、最後まで彼の世界は日本的で最後まで「哄笑」にはなり得ません。だから作品としては毛色の変わった警察もの、事件解決探偵ものとして娯楽作品であるにも関わらず、そして読むうちになるほどと事件の全容に唸らせられるにも関わらず、読む私にも痛みが残ってしまいます。小説の世界には色々な状況を背負った探偵さんが居ますが、真壁さんの状況はその中でも特異で、すっきり解決した満足感は薄いです。彼自身解決はないのでしょう?でも、弟が消えた時点でもう事件に巻き込まれる必然は生み出せなくなったぞ!と、一寸がっかりもしています。
でもねぇ、30半ばで、これだけ警察にも業界?にも顔が売れてしまっていて・・・立ち直るって?一体どうやって?・・・真壁さん頭がいいからなぁ・・・度胸もあるし・・・と、私が一生懸命考え込んでいる時点で、「しかし横山さんは読ませてしまうなぁ。」です。
双子という設定が生きて、オカルトに陥る前にしっかり食い止めて、微妙に却ってリアルになるのが妙です。そして又雁谷市の規模の設定が又妙です。生活感のある町・・・刈谷市って愛知県にありますが・・・そこよりは規模が大きそう?自転車活用小回り平地感・・・静岡市?・・・いや寒さから北関東?なんて。
しかし警察って・・・横山さんの本を読むたびに何かあったら「警察に駆け込むか止めるか?」判断が難しくなるような気がするのですけれど?
ルパンは大好きですが・・・真壁さんも・・・悪くないです。
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クライマーズ・ハイ

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横山秀夫著

この作家は読むたびに腹の底から唸らせてくれる。
読むのが厭になるほどねちっこいのに、夢中で読まされるのはもう上手いとか凄いとか言葉の表現の外だっていう気がして、感想なんてお手上げ!
勿論、業界(この場合地方紙北関東新聞)や扱っている御巣鷹山の日航墜落事件や山・谷川の衝立岩・・・の知識・情報の調査の濃密なことは言うまでも無い。この濃厚さといったら彼はその道の権威なんだろうなと思わされるくらい。
しかし、私が読まされるのはそのことでは、そのことだけではない。
勿論その精密さの上に構築される人間関係が状況以上の?濃密さだから!だからこそ読まされてしまうのだ。
主人公の悠木(新聞記者)の40歳の時の山仲間との衝立岩挑戦の日(結局墜落大事件で果たせなかった)から17年後その友人の死後、彼の息子と衝立に登るまでの大事故後の衝撃の数日間を軸に修復できなかった彼の息子との関係・その友人の言葉の謎などを絡めて濃密なドラマが展開される。
正直その一つ一つが1冊の本になりうる課題だと思う、
「友人が何故あの場で倒れたのか・・・?」という一つを追い求めるだけでも一つのサスペンスになりえただろうし、彼の生い立ちを含め母との・妻との・息子との又娘とのそれぞれの関係・葛藤を描いても1冊の小説になりえたし、新聞記者としての事件へのかかわりを徹底的に描けば(後論この作品はそうだが)これは一つのドキュメンタリー的作品になるだろう。
それを、その3ツの主題を文庫400ページ余りに凝縮して書き込んでしまったのだから・・・感嘆と賞賛とため息で夢中で読みふける以外読者の出来ることは無いようだ。
しかしやはり一番読ませたのは新聞記者としての彼のこの大事件への姿勢だ。
私は新聞を作る人、学校の先生、楽しい読み物を書く人、お医者さん・・・彼らをずーっと子供の時から聖職者としてみていたところがある。今では微妙と言わざるを得ないが。
新聞記者というのは事実を正しく伝えてくれる人と思っていて、新聞で読むことは正しいと信じていた時期がある。
それが音を立てて崩れたのは「ある新聞を父がずうっと読み続けているのはその新聞が好きだから」と思っていたのが違うという事を知った日だった。父がその新聞を読んでいたのは「その新聞が戦争責任をきちんと認めないまま、戦争中にどんな記事を書いたかを反省しないまま、今も新聞を作り続けている事を見張るつもり。」という事を知った時だった。(ちなみに父は記事によっては抗議の電話をかけ続けている)色々な地方に住んで色々な記事を読んで一つの事実を色々な立場で書くのが記者なんだと知ったし。その立場が問題なんだということを肝に銘じて記事を読まなければならないということも知った!
地方で暮した時私はその地方の新聞を採っていた。その地方を知るにはその地方の新聞が一番!と思っていたからだ。
その意味ではこの作品は私にぴたっとはまった!といってもいいだろう。妙に納得がいったという感じだ。ここにひしめく新聞記者たちの様々な関係意識軋轢あらゆることが記事に反映する。新聞も人間無しではありえないということを示してくれた。
良い記者がどんな者かは分からない。読者の心を持てあそぶ記者、心を揺さぶろうとしすぎる記者、自分の立場を優先させる記者、思い込みで誘導する記者・・・様々な人間がひしめく新聞社、その新聞社の立場が主導権争いで左右されるなんて思ってもみない余りにも低級な悲しさだったが、ただ横山さんの小説は必ず最後に人間を肯定してくれる(今まで読んだ限り)。
燐太郎君は存在そのものが救い以外の何者でもないし、悠木本人も途中で腹が座って記者というものの有り様を素敵にして見せてくれたし、等々力という上司の姿でさえ何かいいものを感じさせてくれた。育って行く記者たち、佐山、神沢、望月彩子。神経を逆なでしあい否定しあいながらも寄り添うなにかもある同僚たち。
この神経をすり減らされるような話の合間に不思議なくらい好きだなぁと思わされるちょっとしたフレーズというか遣り取りがあってそのたびに救われた。
それにしてもこんなに見事に現代を読ませる作家を私は始めて知ったような気がする。
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ゲド戦記(続き)

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アーシュラ・K・ル・グィン著

また、ゲド戦記です。やっと3巻目が来ました。
2・1・5・外伝・4・3巻の順で図書館から回ってきました。
こんな順でこの本を読む人っていそうもありませんが・・・?いや、図書館で借りた人なら?こういうことになったはずです?
さて、この感想録一体どうしたものだろう?今更?
映画「楽しみました。」と、書きました。確かに!でも、余りに分からないところがあったので本を全部読む気になったのですが・・・なんでこの物語を映画化する気になったんでしょうね?
この物語が好きだったら、あの映画はありえないだろうし・・・という気がしてなりません。本を読んだから言うのですが。あの映画を作りたかったのなら、ゲド戦記という題を外して良心的に?するなら「ゲド戦記に想を得た」オリジナル脚本ということで「違う題名」でという方法はなかったものですかね?それなら受け入れ十分OK!ですよ。
原作と脚本は違う作品だということは承知ですが、「レバンネンの冒険」みたいな感じで括ったほうが良かったのになぁという気がします。むしろその方が換骨奪胎とも言われないでしょうし。
なぜなら、読み終わった感想はこれはゲドの戦記というより、ゲドの歩んだ路にちりばめられた冒険による成長と生死の倫理観風人生の指南書という印象が強かったからです。(ゲドから学ぶといったほうがいいかな。)
ゲドも良き師を得て不安な少年から冒険の青年期を経て大魔法使いとなり老いて一個の人間に成熟していく過程で、自分も師として、夫として、父としてアレンやテナーやテルーの成長に関わっていく物語として私は読みました。
だって、冒険そのものより会話でつづられる沢山の言葉たちの含蓄が凄いんですもの。それなのにロマンスも満喫できるんですから。
好きなとこを書き抜いて永久保存しちゃおうかと思いましたが、それより「買いだ!」と思いました。
前にも書いたかと思いますが田舎の邸宅?(クスッ)暮らしを止めてこのちんまりしたマンション暮らしを選んだ時点で(何百冊もの本を泣く泣く処分したんですよ)本は図書館と決めた私です。買うのは最小限度と決めています。
しかもこの歳!今更成長でもないでしょう?
それでもこの作者が描く世界のバランスは本当に魅力的です。
ゲドの言葉は私の残り少ない人生を温めてくれるかもしれないと思ったんですよね。だからいつでも読み直せるように。
この本は子供たちへのワクワク冒険話であると共に楽しい人生の哲学入門・倫理事始?にもなりそうですけれど、私への「人生捨てたものではないわね!」書?にも「まだまだ学ばねばならないことありそう!」書?にもなりそうですよ。読んでいると魔法のある国で楽しんだり安らいだりしながらも、「そうよね、今のこのフレーズ、心に抱いていたいわねぇ・・・」というところに立ち止まってしまって、とても穏やかな気持ちになりました。
生きていくうえでの暗い側面が底に流れながら、上空には明るい光が漂っていて、その中空で魔法が働いて様々な色合いの智恵でつづられていくのが人の一生なんだと・・・。
朝が来ないのじゃないかと思ったことはありませんでしたか?
でも来ましたよ。確かに!・・・そんなこと思い出したりして。でも、何時かは来ない朝も・・・!
ゲドの世界の「王」って「竜」って何を象徴するのでしょう・・・ユックリ考えてみるかな?と、思った時に「やっぱりこの本は買いだ!」です。何度読んでも泉がありそうです。1巻からちゃんと読み通さなくてはね。
書き抜いた幾つものフレーズここに書き抜きたいのは山々ですけれど、今回は止めて起きましょう。どれだけ長くなることか・・・!
私って地図がある物語に弱いのかな?中央部に赤や黒や褐色の人がいて東のはずれに白い人がいるのもなんとなく良くない?
それになんてったって、竜が出てくるのですよ!竜が!
?もうじきクリスマス?買うのちょっと待ってみようかな???うふぅ。
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孤宿の人

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宮部みゆき著

先日、「狩人と犬 最後の旅」という映画を見てきました。
読みながら度々アラスカ、カナディアンロッキーの北のはずれ辺りの広大な美しかった景色を思い出していました。この物語もとても景色描写が多いのです。
宮部さんの後書きに「讃岐丸亀をモデルに」と、書かれていて、その海と空と山の様子が繰り返し繰り返し描写されていました。
それが又如何にも日本の海と山と空らしく・・・実際行ったことはありませんが、丸亀辺りの小さな漁港と湾がちんまりと目に浮かぶようでした。
全く違うでしょう?なのに、その二つの自然の(多様な?)有り方をなんとなく、そうですねぇ、感嘆の思いで心の中で対照させていたのです。どこまで行っても自然と人は切り離せない!
自然もそれと向き合う人の姿勢もこんなにも違うのに、でもどこか相通じるような・・・生活から学び取って伝えられる智恵に同じような匂いがあるからでしょうか?
昔から人は生活の必要から天候の転変を知る知識を蓄え、伝えてきたのです(うさぎが飛ぶと半日と経たないで大風と雨が来るみたいに)、そこが私にあの映画を思い出させたのかもしれません。
「この自然の中にはこの人々!」でしょうか。
それにしても天候の変化の描写が・特に雷の表現がこの物語に迫力を与えていました。
主役の一つだったと言ってもいいでしょう?
あの映画は「最後の旅」にはならないのじゃないか・・・という希望?があって、心が楽になりましたが、この物語は完結しましたがどっかり重石をのせられたような後味が違いました。
やはり先日書いた「あやし」と同じ世界だと言ってもいいでしょう。
あのイメージを膨らまして長編が生まれ出たのじゃないでしょうか?「畏れ」の世界だと思いました。
「加賀様」が象徴する「鬼・異形の者・怨霊・祟り・・・」など・遠方から来る見知らぬ怖いもの全てとその地に根ざした畏れ敬われる怖いもの全てのぶつかり合いから生じる混乱!
その恐怖に心が絡み取られる昔からの人の変わらぬ世界がこの物語世界です。
阿呆の「ほう」という名をつけられた少女と、ウサギのようにはしこい目と体を持った「宇佐」という少女の二人語りの体裁で丸海藩の「その夏」が語られ、彼女等も翻弄され・・・成長し役目を果たし終えます。それでも未来は定かではありません。
人の世はひとつ事が過ぎても簡単には明るくはなりませんから。
自然の中で「素朴に生きる」ということはある意味「頑固頑迷、流言飛語に弱い、迷信に付き纏われる」ということと、この場合同義語です。
その意味では今も大差ないのがこの世でしょう。何か大災害があったら1番怖いのは火事?2番目は流言飛語、間違った情報ですよね。
ん?反対かな?
「加賀様」の情報不足または過多が招いたともいえますが、「加賀様」自体が闇そのもの鵺のようなものですものね。
「何が正しくて何が確かか」極める目を持った者はどのくらいいるのでしょう?
正しい情報がどれだけ大切か・・・いや正しければそれで済むのか?今も昔も難しい問題ですよねぇ、とため息が出ます。
それにしても理不尽なこの物語世界にも「ほう」が「方」になり「宝」になっていくその過程で光が射したようです。
「宇佐も殺す必要は無かったじゃないの!」と腹をたてながら、終わりの数ページ涙を止められませんでした。
本当に「あやし」と同じで「いやったらしい話だよ!」と思う気持ちの一方で「聡過ぎない」生き方が一番心を打つのかもと、「ほう」の周りに居た優しかった人の心を懐かしんでもいます。
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ゲド戦記Ⅰ影との戦い・ゲド戦記Ⅱこわれた腕輪

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ル・グウィン著

原語で読んだわけではないので・・・こんなこと言うと妙におかしいな!と、自分でも思いますけれど、この乾いた、淡々とした文章、妙にいいですねぇ。これは翻訳者の手柄なのでしょうか?
それとも原文が素直な分かりやすい文章なのでしょうか。
対象が小・中学生だとしたらそうかもしれませんね。
でも実際読んでみると私(大人のつもりだけど)も得るところもあり楽しく読めました。
年代記って感じでした。
ゲドが成長し老いてゆく一生の物語らしいです。
しかも波乱万丈のはずの物語です。それなのにこの静かな語り口はどうでしょう!
読む私も気持ちのはやりにせかされることなく偉人の生涯を読むように読んでいましたね、振り返ってみれば。
「指輪物語」のような壮大さとも違い、「ナルニア国物語」のようなファンタスティックとも違い、でも不思議な魔法を感じさせてくれましたよ。
丁度太古の物語を淡々とした語りで聞くような品位を感じました。
何気ないけれど凄い科白がいっぱいちりばめられていて、ある意味「人生を深遠に・だけど簡単な言葉で語っているぞ!」っていう感じです。
「自分がしなければならないことは、しでかした事を取り消すことではなく、手を付けた事をやり遂げることだった。」どうです?
当たり前すぎるって?それではこれはどうです?
「ゲドは勝ちも負けもしなかった。自分の死の影に自分の名を付し、己を全きものとしたのである。全てをひっくるめて、自分自身の本当の姿を知る者は自分以外のどんな力にも利用されたり支配されたりすることはない。」何か感じない?
ユックリ読んでいくとどこかに今の自分の指針になるものが隠れているような気がして、じっくり読んでいきましたが、それでも(その意味で)読み落とした大事なフレーズがあるのではないかとドキドキしました。
どの年齢層の人でも、多分自分が必要とする、またはハット閃く何かを見出せる羅針盤のような物語だと思いました。
どの偉人よりも何かを与えてくれる偉人伝でしたね。それに不思議な旅行記でもあってね。
ふうわんと嬉しい気持ちに支配されて本を閉じました。
その意味では「Ⅱ」もそうでした。
最も図書館から最初に「Ⅱ」が届いちゃったので、サッパリ何を書きたいのか読ませたいのか「?」だけだったんです。「Ⅰ」を読んで納得!
この本は「Ⅰ」から読むのがお薦めです!って?大体「Ⅱ」から読む人なんて普通居ませんよね。
図書館さんももう少しお利口なシステムお願いしますよ!
ゲドはこの作品では触媒です。
テナーが自分に目覚めていき進路を選び取る物語でした。
テナーはゲドに会うことである意味で生き始めたのですから。やはり「Ⅱ」もゲドの歴史物語の1部でもあるのでしょう。
本当は全部読み終えてから書くべきだと思いましたが、この先はまだ暫く来ないと思われるので、とりあえずです。「Ⅲ」が届くのをワクワクしながら待っているのです。
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堪忍箱

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宮部みゆき著

「ブレイブストーリー」を予約しに図書館へ行ったら見つけました。
宮部さんの特に時代物の作品が好きですから、「読んでいないのがあったぞ!」と借りてきたわけです。
8つの短編が収録されていました。
この短編集は実に色々な感情をそれぞれに抱かせてくれました。
読後感の良いものばかりではありませんでした。いえ、読後感の良かったものがあったかしら?
特に表題になっている「堪忍箱」「十六夜髑髏」は堪りませんでした。
なんとも気の重いやりきれなさがありましたが、この短編集の中に心からくつろげて楽しめる作品は無かったのです。
宮部さんの底の知れない、間口の広い?小説世界をまた味わうことになりました。
どの作品もが闇を秘めています。この闇は人間の「心の病み」にも通じるようです。
読み終わって隣を歩いている人もこんな闇を抱えているのかもしれないとふと思った時、あぁ、この作品も時代を借りているだけで現代なのだと思いました。
それどころか私自身にも覗き込めば蠢いているような「病み」がありそうです。
ニュースを見ると信じられないほど世界中が病んでいるのではないかと思いますが、いえ、世界中なんてものではない、そんなご大層な世界に広げなくたって人は元々心の中に闇を持っていてそれが何かの形で現れるのが人の「病み」なんだ!
人からそっと出た一つ一つの「病み」がなんかの拍子でくるっと纏まるといやな事件が起きて、ついには戦争のようなものに変化してゆくんだ。
なんてことまで考えてしまいました。
私だって、覚えがあります。「てんびんばかり」なんて、大抵の女が心の底に秘めている魔物ではありませんか。
でも大多数の人はお吉なんだけれど、お美代みたいに後ろめたい人生をつい選び取っちゃって、落ち着かない人生を歩くことになる人間もいて、又、お吉がしなかった選択をする女も居るだろうし。
それはそのまま、会社や社会で男たちも繰り広げているささやかな暗闘と似たものではないでしょうか。
この作品群で見せられる闇は誰にでもありうる病みで、「今」という時代が生き難くなっている感じがするのは、その闇を心の中に包みきれない人が増えているからなのじゃないか・・・なんて。
人が隣の人に注意も興味も優しさも抱かなくなっているから、歯止めに成るものがどんどんなくなっているから・・・。
お吉だってお美代だって大家さんが居なかったら・・・?とか、「かどわかし」の小一郎だって、箕吉が心を残してくれていなかったら・・・?とか、「謀りごと」だって長屋の連中がお互いを全然知らなかったら・・・?とか、「お墓の下まで」だって、お滝が過去にあんな事をしていなかったら・・・あの子達は・・・なんていう風に関わってくれる人が回りに居るから閉じ込め切ったり、癒し治したり出来たんだもの・・・と思いながらも、じっとりといやな感じのものに纏いつかれたような読後感でした。
「お墓の下まで」は皆普通に会っていたらよい人ばかりですのにね。
この作品ばかりは悲しみが勝ちました。
どんな闇を抱えてもまっとうに、健気に生きていくことは出来るんです。
それに最後の「砂村新田」のお春と母親はいい感じでしたね。
私も優しかった母親をつい思い出してしまいましたが、お春の心遣りのつつましい優しさ控えめな利発さは人間というものに希望を抱かせられます。
最後の短編で少しほっとさせられて、また宮部さんに思うように私の心を操つられちゃったって思いました。
心に黒い漣を起こさせられて、一寸鎮められたような。

顔 FACE

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横山秀夫著

「ローズ・マダー」で傷めた心を回復させるのに選んだのがこれです。
段階的回復術?です。急にロマンチックなものを持ってきても精神的違和感が増すだけ?って言うこじつけです。
これだって特別優しい物語ではありません。ご存知のように横山さんですから。
前に「心理合戦物」と私が名付けた作家のものですからね。これもその一つです。
ステーィヴン・キングの心理物とは違って、ここでは確実に正常な心の合戦が繰り広げられます。
それにこの作品の主人公はちゃんと彼女の世界を堅実に築き上げ、成長してゆきます。これは凄く嬉しいことです。主人公に共感してしかも応援して読めるのですから。
この作家に信頼が置けるのは、又は優れていると思えるのは、向上する、受け入れる、展望ある明るさがあることにです、底の方にですが。地平線上に柔らかい朝日が差し染める頃あいにも似た?

主人公の平野瑞穂さんに最初にお目に掛かったのは「陰の季節」という短編集の中の「黒い線」ででした。その時私は彼女の上役でもある七尾友子さんの方を女を認めたがらない石頭の刑事たちと出世競走の心理合戦を渡り合える女性キャラクターとして「長編の主人公になれる有望な器ではないか?」と、思ったのです。
瑞穂さんの方は似顔絵書きという特殊技能がありますから、面白いアイデアの短編小説にはなるけれど・・・という感じだったのです。「黒い線」での瑞穂さんは警察機構に押しつぶされてしまった感があって、むしろそれをばねに七尾さんが男相手に渡り合っていくというシナリオを想像したのでした。
しかし「顔」で瑞穂さんは立ち上がりました!
だから、私はキングの「ローズ・マダー」の後にもう一度これを読み始めたのです。
だって、瑞穂さんは健気に立ちあがったのですよ。
ちゃんと自分が「成りたい者」「それを夢見ていた自分」を取り戻すべく、着実な足取りで、すっかり退けられてしまったところから・・・まだ、乱れがちな足取りではあっても。
傷ついても、押しつぶされても、それでも自分の行きたい道を歩く姿を、作家はきちんと丁寧に描き上げてゆきます。
「顔」の瑞穂さんは五つの短編集の中で語り継がれる物語で一歩づつ、足取りを確かなものにしていくのです。
「目標を持っている人ほど素晴らしく、強い人は居ないんだなぁ・・・!」と、私は羨ましくも思え、実際に今そういう道を辿っている多くの若者にエールを送りたいような気分になれました。
警察ってそれにしてもなんと話の種の尽きないところなのでしょうね?最近怠慢?を突っ込まれている、不祥事多発警察には女性の活躍場所が山のように?ありそうですよ。区役所の分室なんかに行くと凄く暇そうにあくびをかみ殺しているおじさんとパッタリ目が合っちゃうことがありますが・・・有効利用?して無人の交番に置いてくれないかなぁ・・・なんて思うこともありますが・・・話が逸れましたね。
地(自分の置かれた立場)に足が付いていて、正面切っていて、意志を持っていて、若い人の小気味良さがあって。まだ?私も間に合うかな?なんて思えたりして?いやぁ、慰められました!
瑞穂さん念願の場所に戻れたのですから、今後も見守っていきたいんだけれどなぁ・・・
あっ、ちょっと訓練して、こんな私みたいな暇なおばちゃんを無人交番に漏れなく一人か二人配置するのってどうでしょう、ボランティアで?
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クィン氏の事件簿

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アガサ・クリスティ著

私の秘蔵のとって置きの大事な1冊をご紹介します。
ムシュー・ポワロとミス・マープルのファンは多いでしょうがハーリ・クィン氏のファンはどのくらいいるのでしょう。
ポワロさんほどじゃないかもしれませんね?
物凄く魅力的な不思議な人なんです。
私は彼とサタースウェイト氏のコンビが大好きです。
先日浅田次郎さんの「天国までの100マイル」で「地上からホンワリ足が離れたような優しい」と書きましたが、これもある意味現在から「ホンワリ足が離れていて優しい。」のです。
時の壁を越えるのです。
過去の事実がハーリ・クィン氏を呼び寄せ、サタースウェイト氏が解決への道筋を辿る、そして新しい人生が生まれるのです。
重大な岐路に立ち、その人に失われた過去が覆いかぶさって、人生を失いそうになっている時、それが鍵です。
過去の真実を見失った人に・・・そう私は思って読みます。
真実はいつも優しい。
真実はいつも正しい。
真実は道を開く。
ハーリ・クィン氏は虹色に輝いて、その光で真実の姿を浮き上がらせます。
そして人生の傍観者・観察者たるサタースウェイト氏に一瞬の舞台が与えられるのです。
そして誰かが新しい未来に進み出ます。
私はその「感じ」に心が揺さぶられます。
サタースウェイト氏の気持ちにふっと寄り添えます。
私は好きな人が舞台に上がるのを舞台の袖で見守っているような気持ちです。
不思議な解決の中に漂うメルヘンとロマンが心地よい酔いを私にくれます。
「あーいいなぁ!」と1篇ごとにため息が漏れます。
そうです。これも短編集です。
「ハーリ・クィンの冒険」が12編収められています。
その最初の「登場」にこの物語の姿が全部現れています。
12の物語が12色の色を纏っているように12通りのドラマの「その時」にハーリ・クィンは現れます。
現れなくても彼を思わせる何かが天啓の様にきらめいて隠されていたものが現れるのですが、私はその一つ一つが独創的で魅力的だなぁと思います。
まるで救いのようなのです。
命や愛が危機に瀕している時に舞台が展開してもたらされる何かの始まりに、サタースウェイト氏と同じ様に心をときめかせます。
そして私はこんなドラマチックな「救い!」が嬉しくてたまりません。
その中には「死」もあります。
「翼の折れた小鳥」は哀れですけれど、サタースウェイト氏と同じに私も「救えませんでした。」という気がするのですが、物語の世界ではやはり不思議なロマンチックさに安らいでしまうのです。
そして、クィン氏が絶壁の果てや世界の果てに歩いていく時、私の心臓はどきどきしてロマンを満喫するのです。
この12編の中で「海から来た男」が特に好きです。
あの短編の中で断崖の家の「シニョーラ」が息子の事を語る場面があります。
その息子の父親を知ることなく別れたのに、「あたしはあの男のことが分かるようになりました・・・彼の子どもを通してね。あの子を通して、私は彼を愛するようになりました。今では彼を愛していますわ・・・・・・・別れてから20年以上も経ってはいるけれど。彼を愛することで私は一人前の女になりました。」というところがあるんです。
ある意味究極の愛ですよね。この愛の為にハーリ・クィンが現れるのですから、震えが来ます。
「そしてこの珠玉というには余りに趣味的に美しいきらめく物語は「ハーリクィンの小道」で閉じられます。
「あなたは人生から、そんなに少ししか学ばなかったのですか?」
別な意味で私はまた震えます。
「しかし私は・・・まだ一度もあなたの道を通ったことがない・・・」
あぁ、私も・・・。しかも私は見えもしない。
私の心は波うったまま閉じられますが、何か輝くものを抱え込んだような気分なのです。

他に「マン島の黄金」という短編集に1篇ハーリ・クィンの短編が収められています。

隠し剣秋風抄 「盲目剣谺返し」

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藤沢周平著

この作品は短編集です。
沢山、それこそ山のようにある周平さんの短編集から今夜これを書こうと思ったのは先日、ある出合いがあったからです。
といって出会い・人とではありません。
「場所」とです。
夫の趣味は「城址めぐり」
で、お天気の良い休みには、また纏まった休みが取れると、行く先はどこかの城址ということになります。
もう自分のホームページで行った城の記事を250城以上掲載しているくらいですから・・・
私なんかもう残っている城跡は無いだろうと思うのですが、彼に言わせると「まだまだ山のようにある。」そうなんですね。
うへぇ!です。
その日行った城跡は「笠間城址」茨城県にある城です。
一応山城ということで、また道なき道、草生す空濠、ぐちゃぐちゃの堀切などを歩かされるのだろうと、諦め顔で付いていったのですが、大手門の千人溜まりまでは車で行けたし、ちょっと登った本丸跡は笠間市も一望でき、筑波山も望めるロケーションで、おまけにこの城は「桂城」という別名も持っているのです。
はっきりとした根拠は何も無いくせに私は別名を持った城に甘い!
というわけで、ここですでに非常に好意的になったのですが、本丸から天主に登る道を見つけるにいたって、私はこの城跡が好きになったのを感じました。
なかなか感じのよい苔むした石垣と石段が目の前に立ちはだかっているのです。
「この上の天主跡には「佐志能神社」があるはずだ。」
それで登り始めたのですが、そこでどたばた下りてくる人たちに遭遇しました。
こんなところでおやおや?です
写真を撮るのに邪魔(失礼)なので、よけて皆さんが下りきるのを待ったのですが、途切れないのです。
反対にまたどんどん上がってくる人たちがいて、それがなんと色々な工具や木の枝、それも葉っぱの付いた生木の大枝の束を担ぎ喘ぎながら上がってくるのです。
ここにいたって私たちは諦めて天主への風情のある道を風情の無い?人等を縫って歩く事態に。
そして上がってみたらなんと天主跡の神社の額を「八目神社」と書かれた額に付け替えているところだったのです。
「えぇえ?」
だから思わず「何をしていらっしゃるんですか?」
「アァ、映画のロケの為に一時的に付け替えさせてもらってるんです。」
それで生木の役割も了解!映画のこの場面の季節は夏なんだね?
「何の映画なんですか?」
「キムタクの武士の一分っていうのですけど、キムタクはここへはこないんですよ。」と、彼は機先を制す。「分かっているのね?」
それでもちょっとわくわくするじゃない?
というわけでこの映画の情報収集。
この本へ行き着いたというわけなんです。
この藤沢さんの短編集「隠し剣秋風抄」の最後の短編「盲目剣谺返し」がその映画の原作になるのです。
確か・・・と、本棚の奥を探り・・・この本を引っ張り出したと言うわけです。
面白い短編集でヒーローは皆格好悪くてヒーローともいえない。
けれど皆生きているような実感がある人間像で溢れていて、私の好きな短編集の一つだったのです。
この作品のヒーロー?の中ではこの原作になる盲目の剣士は一番格好いい!
「なるほどな!」である。
皆さん、こういっちゃなんだけれど、ご自分のお父さんか旦那様を彷彿させる人に出会うかもしれませんよ。
もっともその人が意外な剣の名手であるかどうかは別ですけれどね。
でも人生って「あぁ、こういうことってあるんじゃないかなぁ。」と思う身近さと、意外な彼らの奮闘とに溜飲を下げたり悲しんだり惜しんだり・・・様々に楽しめる意外性のある短編集なんです。
映画の原作になる作品は周五郎さんの「日本婦道記」の中の一つをちょっと思い出させるのですけれど、気持ちのいい読後感があります。
私の好きな1篇は「孤立剣残月」なのですが。
読み終わったあとに心地よさがすとんと心に収まって据わりがいい感じなんです。
夫婦の機微がなんとも「わかるなぁぁ・・・!」
・・・そして私も唇を「いっー」の字にしてべそをかきたくなるんです。
でも、来年正月?映画が公開されると、「盲目剣・・・」読む人が続々・・・続々・・・?
どうぞ「孤立剣・・・」の方もお忘れなく!

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