アガサ・クリスティ著

私の秘蔵のとって置きの大事な1冊をご紹介します。
ムシュー・ポワロとミス・マープルのファンは多いでしょうがハーリ・クィン氏のファンはどのくらいいるのでしょう。
ポワロさんほどじゃないかもしれませんね?
物凄く魅力的な不思議な人なんです。
私は彼とサタースウェイト氏のコンビが大好きです。
先日浅田次郎さんの「天国までの100マイル」で「地上からホンワリ足が離れたような優しい」と書きましたが、これもある意味現在から「ホンワリ足が離れていて優しい。」のです。
時の壁を越えるのです。
過去の事実がハーリ・クィン氏を呼び寄せ、サタースウェイト氏が解決への道筋を辿る、そして新しい人生が生まれるのです。
重大な岐路に立ち、その人に失われた過去が覆いかぶさって、人生を失いそうになっている時、それが鍵です。
過去の真実を見失った人に・・・そう私は思って読みます。
真実はいつも優しい。
真実はいつも正しい。
真実は道を開く。
ハーリ・クィン氏は虹色に輝いて、その光で真実の姿を浮き上がらせます。
そして人生の傍観者・観察者たるサタースウェイト氏に一瞬の舞台が与えられるのです。
そして誰かが新しい未来に進み出ます。
私はその「感じ」に心が揺さぶられます。
サタースウェイト氏の気持ちにふっと寄り添えます。
私は好きな人が舞台に上がるのを舞台の袖で見守っているような気持ちです。
不思議な解決の中に漂うメルヘンとロマンが心地よい酔いを私にくれます。
「あーいいなぁ!」と1篇ごとにため息が漏れます。
そうです。これも短編集です。
「ハーリ・クィンの冒険」が12編収められています。
その最初の「登場」にこの物語の姿が全部現れています。
12の物語が12色の色を纏っているように12通りのドラマの「その時」にハーリ・クィンは現れます。
現れなくても彼を思わせる何かが天啓の様にきらめいて隠されていたものが現れるのですが、私はその一つ一つが独創的で魅力的だなぁと思います。
まるで救いのようなのです。
命や愛が危機に瀕している時に舞台が展開してもたらされる何かの始まりに、サタースウェイト氏と同じ様に心をときめかせます。
そして私はこんなドラマチックな「救い!」が嬉しくてたまりません。
その中には「死」もあります。
「翼の折れた小鳥」は哀れですけれど、サタースウェイト氏と同じに私も「救えませんでした。」という気がするのですが、物語の世界ではやはり不思議なロマンチックさに安らいでしまうのです。
そして、クィン氏が絶壁の果てや世界の果てに歩いていく時、私の心臓はどきどきしてロマンを満喫するのです。
この12編の中で「海から来た男」が特に好きです。
あの短編の中で断崖の家の「シニョーラ」が息子の事を語る場面があります。
その息子の父親を知ることなく別れたのに、「あたしはあの男のことが分かるようになりました・・・彼の子どもを通してね。あの子を通して、私は彼を愛するようになりました。今では彼を愛していますわ・・・・・・・別れてから20年以上も経ってはいるけれど。彼を愛することで私は一人前の女になりました。」というところがあるんです。
ある意味究極の愛ですよね。この愛の為にハーリ・クィンが現れるのですから、震えが来ます。
「そしてこの珠玉というには余りに趣味的に美しいきらめく物語は「ハーリクィンの小道」で閉じられます。
「あなたは人生から、そんなに少ししか学ばなかったのですか?」
別な意味で私はまた震えます。
「しかし私は・・・まだ一度もあなたの道を通ったことがない・・・」
あぁ、私も・・・。しかも私は見えもしない。
私の心は波うったまま閉じられますが、何か輝くものを抱え込んだような気分なのです。

他に「マン島の黄金」という短編集に1篇ハーリ・クィンの短編が収められています。