おまけのこ

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おまけのこ おまけのこ
畠中 恵

新潮社 2005-08-19
売り上げランキング : 19835
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畠中恵著

「しゃばけ」シリーズの本らしいものを図書館で予約しておきました。そして「しゃばけ」の次に読めたのがこの本です。
それで遅ればせながら「しゃばけ」シリーズが何冊でているのか調べてみました。01年「しゃばけ」03年「ぬしさまへ」04年「ねこのばば」05年「おまけのこ」06年「うそうそ」07年「ちんぷんかん」6冊ですね。それに外伝?「みぃつけた」と「つくもがみ貸します」つごう8冊楽しめるようです。
まだ2冊終っただけですから嬉しいですね。
先日シャンソンを一緒に聞きに行った友人が「告白」という歌を聞いて「あぁ、あんなに『愛している』って言われて見たい・・・」とため息をついていましたが、私は「あいしてる」と「ジュ・テーム」を何度言うか数えておけば良かったと思っていたのです。
「大事大事お前が大事!生きていてくれさえすれば嬉しい・・・」と親に言われ続ける若旦那。しょっちゅう仁吉と佐助の兄やたちにおでこに手を当てられている若旦那。まさに手当て!女にとっての心の手当ては「愛している」といわれ続けることかな?と「大事なら大事と言ってもらえることの幸せ」を思いました。
「言わなくても分かっている」ことは実際の人間関係の中では本当に少ないんですよ。その科白は面倒がりの男のおためごかしです。
実はなくとも口だけは使う男と実は有っても口が伴わない男が居たら女は口に騙される事を選ぶかもしれませんものね。
なんて事をつらつら思っていました。
この物語を読む幸せ感ってそんなところにもあるのかも・・・って。
思いっきり甘やかされることの幸せ!勿論若旦那にとっては「とんでもない!」でしょうが、他人事?で読む方はウラヤマシさで妙にいっぱいになって、病弱で儘ならない若旦那にうんと同情できて、妙な加減にずれて心配性な兄やたちに満足し、鳴家たちの様子にホッコリする!今の世の中への口に甘い薬みたいだ!

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真綿で包まれ、その上を絹で包まれ、さらにその上を黄金で包まれ・・・こらっ!って?一太郎君はちゃんと黄金でもくるまれていますもん!こんな最高のシチュエーション畠中さんはどうして思いついたんでしょう。
「しゃばけ」ではまじめに「ものの大事」「勿体無い」を考え込んだ私が、この作品ではただただ?のんびりさせていただきました。
一つ一つの章には切なさがあるのに、廻船問屋兼薬種問屋・長崎屋さんには大きな心配の周りに柔らかななんともいえない甘い香りの風が吹いている。その風にまた吹かれたくなる。次は何が来るかな。

赤朽葉家の伝説

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赤朽葉家の伝説 赤朽葉家の伝説
桜庭 一樹東京創元社 2006-12-28
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桜庭一樹著
山陰の製鉄業で財をなした赤朽葉家の女性3代の物語・・・と、まぁ簡単に紹介すればこうなるのだろうか。この作者に初お目見えです。この名で女性作家らしいです。だけどそのまま男性の作品であっても構わない骨太です。
読み進みながら囚われていったのは、不思議な既視感でした。
確かに、たみに見初められて赤朽葉家に嫁入った万葉の少女時代には全く私の人生と重なるところはありません、紙一重も。それなのにこの懐かしい知っている世界は・・・と思って、私の知っている時代の
提出の仕方?時代の切り取り方、その非常に淡々として視線を送る場所の揺らぎの無さが見せるものかもと思いました。私の母の時代から私の子供の時代までが舞台なのですが、太古の出雲の物語だといわれても頷いてしまいそうです。選んだ土地がらのせいかも。そして「もののけ姫」に通じる世界も感じさせて、普遍の時代を作ることに成功したのかも・・・
母の時代、そうそう!私の時代、そうそう!そして子の時代、そうそう今こんな感じかも!
絵巻物を繰り広げる感覚で確かに過ぎてきた時代を振り返ってしまったようです。というか、ああそうだったと、納得の行く直前に万葉の不思議な少女時代やその千里眼の怪しさに私の足元が揺らいで、不思議な既視感に繋がったのかもしれません。その上で遅ればせに通り過ぎてきた時代を思い返したのかもしれません。
千里眼奥様の万葉、族上がりの売れっ子漫画家毛鞠の横を、暗いはかない傍流のように流れる愛人と娘の生涯・・・この2代の4人の女性の静かな語り口で語られる激しさが非常に印象的でした。
そして瞳子の時代。サスペンスを取り入れても何処か冷めて投げ槍ですべきことがまだというか既に無いような不確かさ。そう、そうかもしれない・・・と、
妙にふわふわとそれと自覚しないままで見た夢のような我等が時代!
嘘のような、しかし妙にリアルな、既視感に付き纏われながら、それでもとても面白く読めた3代記でした。やっぱり!時代って女で回っているのかもねぇ・・・なんてね。
この作品にでてくる男たちの存在感の無さは、まるで宙を浮いていた片目の男ほどのものでしたでしょ?

少女七竈と七人の可愛そうな大人 少女七竈と七人の可愛そうな大人
桜庭 一樹

角川書店 2006-07
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居眠り磐音江戸双紙 陽炎ノ辻

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陽炎ノ辻―居眠り磐音 江戸双紙 (双葉文庫) 陽炎ノ辻―居眠り磐音 江戸双紙 (双葉文庫)
佐伯 泰英

双葉社 2002-04
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佐伯泰英著

先日薦められて山本一力さんに手を出した。最近知らなかった作者の作品に手を染め出して収拾が付かなくなっている観がある。昔のように本が早く読めない、しかも読む時間も減っているのに、読みたい本は山積していくばかり。「あの作家の本をもっと続けて読みたい」と思っているのに又新しい作家に手を出して・・・一体どうするの?
佐伯さんの磐音シリーズは何冊もあるのに気が付いていたから、手を出すには覚悟がいるぞって思って遠巻きにしていた・・・のに、山本君の磐音さんが余りに素敵なので・・・っていう本の入り方ってどうなんだろう?一力さんを続けて読む時間をひねり出すくらいなら、どうせなら磐音さんに填まってみるかという変な覚悟。五人待ちで届いたこの本は図書館員さんが苦笑して渡してくれたくらいひどい有様だった。ぼろぼろ!図書館で借りた本で今までこんなひどい本は見た事が無い。「全体に汚れあり」の図書館の付箋付きでした。それだけ読まれてきたってことでしょうね。それにしてもこのシリーズ、ざっと15冊はありましたね?
平岩さんの「御宿かわせみ」風永遠の泥沼状態でしょうか?鬼平風一気読み型でしょうか?
読み出した最初から登場人物の顔はTVドラマの配役どおりに出来上がっているというおまけ付き。
うーん、ちょっと違うぞ!と、本の最初の頃思った老分の由蔵さんもこの1冊目を読了する頃にはすっかり近藤さんの顔になってしまっておりました。一昔前だったら近藤さんが磐音役だったでしょうに・・・なんて変な郷愁?ま、でもそれは何の問題もありません!
昔の映画「血闘!高田馬場」を見て手を叩いていたおじいちゃんたちみたいに時代物の映画を見ているような気分で楽しく読ませてもらえそうです。
気分が盛り上がらないときの取って置きの一っ手にして時々様々な読書の間に挟みこむおやつみたいに楽しみましょう。
TVで見ている今津屋サンの方が太っ腹みたいだけど・・・磐音さんの剣の腕もTVの方が上手な感じだけど(1冊目では傷を負うことが多い?)、磐音さんは腕も良ければ経理も明るいと、現代に繋がるセンスも十分持ち合わせている以上何の心配もなさそうじゃないですか?うふふですね、このシリーズは。
とりあえず、これが第二巻になるのかな?と、「寒雷の坂」を予約しといたところです。
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失われた町

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三崎亜記著

となり町戦争」を読み終えて、この人の作品何か他にないかしら?と図書館で調べて申し込んで待つこと久し・・・なんと連休直前に届くのだもの・・・この連休は夫の里帰り兼趣味旅行で8日間も車の中。電車の移動なら本を読む暇もあろうってものだけど、なぜか車の中では読めないなぁ・・・これが車旅行の最難点。当然待たされたってことは待ち人わが後ろにも居たりーということで図書館は延長は効かない。フットバシ読みでしたが、どっちにしてもこの本はフットバシ読みになりました。面白くて!オモシロクテ!おもしろくて!!もう一度予約してもう一度読み直します。だから?とりあえずの感想です?
「面白くて!」と、まずは書きましたが、それは「興味深くて」に置き換えなければなりません。決して痛快娯楽劇風の面白くてではないからです。
この作者は「となり町戦争」で私に与えたインパクトを「二匹目の泥鰌」を期待した私に丸々と太った噛み応えのより充実した泥鰌にして投げて寄越した!って感じです。
今度は町が町ぐるみ消えてしまうんですよ!30年に一度の現象ですって?
理不尽は理不尽なりに・・・というか、意表を突く設定にも関わらず、普遍の人間の逞しさを希望を書きつくしてくれているという感じです。しかもその過程はなんと言ったらいいのでしょう?
実に「面白く」読ませるのです。
「となりまち戦争」を思わせる乾いた文体、利用される役所言語?硬質な記述の中にてんこ盛りに盛られたウェットな情感。これこそがこの作品の基本にある魅力だと思いましたが、物語としても筋立ての面白さが根幹にしっかりとありました。
私はべた褒めしているつもりなのですが、そうなっているでしょうか?5月の始めにして今年の私の最高の一冊になりました。
「理不尽な消滅」に抗って登場する全ての人物像が好ましく、作者が根幹に持つ優しさが反映しているのだと思わされました。消滅管理局という組織にも、全く違う存在のように思われる時々挟み込まれる居留地にもなぜか現在の私たちの社会を強く感じさせられました。
でも、読んでいる間中私の心に去来したのは私が失ってきた多くの者たちでした。亡くなった母も、舅も、友人も、諍いして失った者も、執着していた過っての様々な物どもも・・・、次々に痛みとして上って来ましたが、管理局で戦う人々やその周辺で傷みながら抗う人々に感情移入して読み進むうち不思議なくらい穏やかな気分になっていきました。私も抗ってもいいのですが、受け入れてもいいのです、泣く時は潔くきっぱりと泣いたっていいのです。
「恐れすぎてもならず、侮ってもならない」姿勢って人生で一番大切な戒めなんじゃないでしょうか。何事に対す時にも、もっともそれが出来れば人生の達人ですけれど、頭にこの言葉を置いておくだけでもきっといいよと思います。
この本何より章ごとの題が内容の文章の硬さに反比例するように古風に潤って美しいのが嬉しかったですね。章題だけ声に出して読んでみて御覧なさいって言いたいくらい。
風待ちの丘、澪引き(みおびき)の海、鈍(にび)の月映え、終の響き(ついのおとない)、艫取りの呼び音、隔絶の光跡(しるべ)、壷中の希望(こちゅうののぞみ)
硬軟、静動、乾湿、情理この作家はバランスもいいのです。
それにしても書きたいことがあったとしてどうすればこんなシチュエーション思いつくのでしょう?隣町同士の戦争にしても、30年毎の町ぐるみの消失現象にしても?理不尽な宿命と希望を載せる舞台の作り方が凄い!
ただ急いで読んだためか時間経過の前後がちょっと混乱してしまった。丁寧に読みたいところです。
「となり町戦争」は映画化されましたが、見損ないましたというか見たくなかったのかも知れませんが。どう映像化したのかとちょっと不思議です。この作品も映像化難しそうですが、映画化されるんでしょうかね?三崎さんには他に「バスジャック」という作品があるようです。図書館に申し込んでおきましょう。
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青葉繁れる

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井上ひさし著

先日「3月10日の東京大空襲を語り継ぐ」という会で、井上ひさしさんの講演を始めて聞きました。
当然お名前は知っていますが、井上さんの戯曲も見ていないし(見たい気はあれど縁が無かった?)、本は「吉里吉里人」を旦那の本棚で見かけて読み始めて読みきれなかった・・・過去だけ。あ、「父と暮せば」の原作が井上さんでしたっけ。
でも講演はとても印象に残るもので(いやぁ、上手だったし内容も濃かったのですよ)、その結果都知事選に頭を悩ませているというおまけ付きです。それで小説にもう一度とっついてみようか・・・というわけで旦那と父との共通のお薦めは「青葉繁れる」と「モッキンポット師の後始末」
読みはじめから目を剥きましたが、結局読み終わってから「笑ったこと笑ったこと!」と、なみだ目でまだ笑っていました。
もっともチョロ松のことでは笑えませんが・・・全く教育者は持った弟子次第?で天国と地獄だわ・・・。
こどもも出会った先生次第で天国か地獄だけれど・・・
チョロ松の偉大と悲哀が滑稽に結びついて、それが妙に私には後ろめたくて・・・悲劇だわ。
でもこのチョロ松という渾名の校長先生も軽石という渾名の担任も抜け松という名の教頭も裏門校長も、あえて言えば二女高の狐先生も?生徒以上の曲者・兵で稔を始めとする素直だけどもしょうも無い5人組の生徒にひけを取らない見事さでした・・・というか、いいね。
この頃も先生受難の世相でしたが、今ではこういう個性派は生息不能な社会になっておりますちゃ。
少々どころか大いに淋しいと思ってはいけないのでしょうか。私の小学1年の担任は鞭を振り回しておりましたっけが、鞭鳴りの音に恐怖を抱きましたが、気が付いてみれば誰も叩かれた者は無く、姿勢の良い生徒が50人!って、それってやっぱりあの先生も生息不可能?
生徒も先生も生きにくいことでは同じかなぁ。
「渾名の付け方って時代があるんだなぁ・・・」とかその他、時代を回顧しながら笑って唸って感嘆していました。
井上さんの巧みさにです。
言葉がこうも軽やかに次々次々へぎへぎにへぎほしはじかみ・・・舞い踊る感じでそこにもってきての仙台弁ですから駄目押しもしっかり!ちょっと石坂洋次郎を思い出したり・・・でも楽しいことその比ではないのですが・・・時代をね。
戦後間もなく、まだ進駐軍がいるご時世のあの明るさはなんなんでしょう?石坂さんを読んでいた少女時代、既に謎でした。
戦争という恐怖を潜り抜けた民の疲弊だけではないバイタリティーに感嘆していたのでした。若いって素晴らしい?
今の高校生でもこの小説楽しめるのかなぁ・・・と思って、楽しめるよね、と思って、でも男の子を二人育てたけれど、男の子って全然わかっていなかったかも・・・って思って、判っていなくて良かったと笑いました。
高校生の息子に立ち向かうのに読んでおくべきだったかもね・・・と思って、いや時代がねと又思って。でもこのセンスって不滅だろうし・・・絶対に!
井上さんの持っている滑稽とか風刺とか悪戯心とかはやっぱり人の心の中で不滅のものだろうからなぁ・・・うちの男の子がこの本を読んで笑えたら言うこと無いけれどなぁ・・・!
これだけ楽しかったからにはしょうがねぇべ、さぁ、「モッキンポット師」に進むっちゃ
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あかんべえ

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宮部みゆき著

さてさて、続けて不思議ワールドの小説ということになりました。
図書館の都合です!
あやしうらめしあなかなし」の後に「あかんべえ」を配本してくれるなんて図書館もやるもんだ!浅田次郎さんのこの小説の後の口直し、迎え酒?
宮部さんの「あやし」の系譜ですが作品的には「ぼんくら」「日暮し」の系譜かな。
超能力系脱力系お楽しみ系・・・なんて勝手に系をつけていますけれど、何しろ懐が深くて様々なジャンルの作品を量産できる凄い才能なんですから、読むほうもそれなりに系統つけて整理しなくっちゃ。
亡者さんを見える人の定義が面白い!自分と同じ苦悩を背負って死んだ人の亡者なら見えるっていうの?同じ過ちの淵に佇む人の前に現れるっていうの?
『あやし」の系譜と書きましたが、あやしのような悲しみや苦しみが深くなく読めるのは亡者さんたちが自分たちが成仏できなかった理由を忘れちゃって春風駘蕩?それにおりんちゃんの健気さもあるのでしょうね。そのあたりで脱力系と思いましたが・・・作者にとっても肩の力が抜けている?・・・だから「ぼんくら」などを思い出して脱力系かな?
そうそう何度もおりんが「ふね屋に居座る5人の幽霊全部が見えるのは何故だろう?」と不思議がるのが命題のように繰り返される「謎」となっているが、そこのところが私には腑に落ちない。だって「死にかけて三途の川まで行って水を嘗めたからじゃないの?」って、そのたびに突っ込みながら・・・それとも他に何かあるの?って。それなのにぃ・・・
だからちょっとまどろっこしい感じが付き纏ったけれど、亡者さんたちとの会話がおかしくて一気に読んでしまった。
一気に読んではしまったものの、感想がなかなか書けない。いい気持ちで読み終えて優しい気持ちで居るのだからそれでいいのかも。
この伝で行けば三途の川で老人が言っていたように?亡者の見えない私は何の陰りも持っていないんだろうなぁ・・・つまんないなぁ・・・。
イエイエ、亡者さんを見ないですむのは実にありがたいこって・・・といいたいところですが、ここに出てくる亡者さんたちは怖いどころか・・・そりゃおどろ髪さんも興願寺の住職も怖かったけど・・・笑い坊さんが近くに居てくれると何かとなぁ・・・なんて。
だけど、あれ?これでいくと皆さん成仏してしまっても、おりんちゃんの能力は残っているわけで・・・それとも孫兵衛さんと一緒に能力も成仏しちゃったかな?いやいや残っているはずさ。病気上がりに商売困難で家の近くしかうろついていなかったから、家付き亡者しか見ていなかったろうけれど、今後は出歩くたびに?ってえことは、続編がある?期待!そうすればおつたおばさんみたいに一歩手前で踏みとどまれる人も出ようし、孫兵衛さんみたいな人をまた手助けすることも出来ようってことね?亡者さんたちは自分がさ迷うわけを殆ど忘れちゃっていて優しいのだもの。おみつさんにもお梅ちゃんにも泣かされちゃう。これこそハートウォーミング性善物語!
「あかんべえ」の続編もいいけれど、でもね、私はどうせならお初さんの方が待ち遠しいのだけどな。
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あやし うらめし あなかなし

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浅田次郎著

ヤレヤレ本当に妖しかったなぁ・・・オーッ背中に怖気が残る。
って、必ずしもおぞましいわけではないのですけれどねぇ・・・
「赤い絆」「虫篝」「骨の来歴」「昔の男」「客人(まろうど)」「遠別離」「お狐様の話」の7編

好きな順に並べてみると・・・
「昔の男」「遠別離」「虫篝」とここまで来て順番をつけ難くなった。
早い話、後の4話は厭だ。読みたくなかった。
特に1話と7話、ぐるりとめぐって同じ神社の昔語り。この手の話を子供たちに聞かせているという設定そのものがうそ寒くっていけすかない。私がこの布団を被った・・・いや、被れないで伯母の口元を必死で見つめて話に魂を奪われたこどもになった気がするから。
大人に成っていっても・・・後々までもバックボーンからこの話はしがみついて離れないよ・・・おおいやだ・・・と、思って、大人に成っていて良かった!とため息をついた。
こどもの頃って怖い話をせがむものだけれど・・・こんな話をする人が身近にいなくてほんとうに良かった、しかも絶妙のロケーション!人格形成に影響しちゃうよ・・・今で言うならトラウマ?
さて、でも?昔はこの手の話に満ち満ちていたかもしれない。
恐ろしい闇、うかつに入れば引き込まれる片隅・・・そんなものが、得体の知れない恐怖感が、そこここにあったような。
日本人の背中にはぬらっと張り付いてくるような湿った恐れがいつもあったような気がする。今はもう明るすぎて乾いて蠢く隙間がなくなった者々はどこに行ったのだろう?
そういう意味ではこの作品たちは知らない世界からやってきたものではなくて見知った馴染みのあるこの風土の者のようだ。
大体過剰すぎる感情はあやしかったり恨めしかったりかなしかったり・・・になる。
愛しすぎても、憎みすぎても、うらみすぎても、心の盆から溢れた感情は異形のものに変成してしまう。そしてそれを畏れる気持ちは私たちに必ずある。心の底で怨霊や祟りや報いを信じている。
ただ変形し変成し変性したものを受け入れるか受け入れられないか、折り合いがつけられるか付けられないかがその人一人ひとりの有り様というだけのことかもしれない。
呪ってしまったから、その報いがあって、その結果をどう受け入れるかみたいな?
そういう意味では浅田さんは全くの異界を繰り広げたわけではないけれど、その広げ方に好悪があるとすると、私は上の順番で受け入れることが出来た・・・というだけのことかも知れない。
ただ「昔の男」は気持ちの良い物語に仕上がっていてこの作品の道中で一息入れられたありがたい作品だった。
あまちゃんで生きてゆきたい私(って事は盆から溢れるような怨念執念妄執を持たないということですが)は出来ればこの作品だけ読んでお終いにしておきたかったなぁ。
宮部みゆきさんの「あやし」を書いた時と同じですよ。
血液もさらさらなら心もさらさらがいいんですよ。
もっとそうしたくともそうは行かないのが人の世で、だから「あやしうらめしあなかなしい」事に満ち満ちているのでしょうが。
なるたけお互い様で「うらみっこなしよ!」でいきたいものです。
魑魅魍魎幽霊怨霊にも明治以前は基本的人権があったと書いていたのは山本周五郎さんだったかしら?
本当におっしゃるとおり!怪異を畏れる心の「ゆかし」を大切にしたいものですよね、日本人なら。
そうすれば盆から溢れすぎた濃厚極まりない情念とも仲良く・・・って?人間には土台無理か!気弱な私は言霊さえ気になって不吉なことは言ったり思ったりしないように気をつけたりもして、それでも結構疚しかったり・・・後ろめたかったり・・・それなのにやっぱり情と無縁ではいられないんですねぇ・・・かなし、愛し、悲し、哀し・・・・・痛まし。
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小川洋子著

「海」「風薫るウィーンの旅6日間」「バタフライ和文タイプ事務所」「銀色のかぎ針」「缶入りドロップ」「ひよこトラック」「ガイド」
短編7つ
ふう~んと、本を置いた。
妙に不満なやり場のない気持ちを抱えていた。
何ていったらいいのだろう?小説を堪能した心地に乏しいのだ。
「和文」と「ガイド」は楽しんだ。「ドロップ」もいいかも。
でもねぇ・・・小川洋子さんで無かったら本にはならない作品じゃないかなぁ・・・と思ったことに不満な感じはあったのかもしれない。
もっとも、この作家はまだ「博士の愛した数式」に続いての二作目に過ぎない。
この作品を読み終わって、なぜか唐突なんだけれど、藤沢周平さんの「江戸おんな絵姿十二景」(「日暮れ竹河岸」という文庫本に収録されている)というのを思い出した。
似たものがあるわけでは全くない。が、読み終わったときの感情にちょっと思い出すものがあったのだ。
勿論藤沢さんのその作品は1枚の浮世絵に主題を得てごく短い話を作り上げると言う趣向の作品だった。
だが、その余りにも短い話は作家にほっと投げられたものの軽さに受け取ったものがたたらを踏むといった感じがあった。
投げ出された物はほんの切り取り断片で、受け取った私は主人公の周辺から遡って思い煩ったりこの先のことを想像したり・・・忙しい作業に放り込まれてしまった。投げだされたものがしっかりと色合いを持っているのでそのままそこでうち捨てには出来なかったのだ。その浮世絵を見ていない私には主題となった浮世絵まで頭の中で創造しなければならなかったので。
この作品で、そんな事を思い出させられた。
この作品にも後を付け足したい気持ちにさせられたからだろうが、どこかでそれじゃぁずるすぎるでしょう・・・?という気が頭をもたげている。この本では作家の趣向が感じられないからかもしれない。
どれもが独立していて互いを知らないと嘯いているような。
同じ情緒があれば読み重ねていくうちにその世界に包まれてゆくと言うことも出来ようが・・・。
書かれている作品の文体が奏でるトーンは兄弟だよといっているようではあるのだけれど、それだけじゃぁ、何かが淋しい。穏やかな良く出来た情緒の安定した優しい人たちよねぇ・・・で、どう想像の羽根を羽ばたけばいいのかな?どうしようもないじゃないのさ、それこそ断章に過ぎないのだものって。ページを広げて羽根も広げる準備をしたのに・・・え?ええぇ・・・?
だから「和文」で妙にほっとして、ほっとする作品ではないのに・・・と、おかしくなった。次に彼女が壊す活字を想像するのもちょっと淫靡で?いいんじゃないでしょうかね?他にも・・・。と言うわけで、この作品の醸す世界は好きですねぇ・・・でも作家っていいなぁ・・・使いにくい字を実に楽しげに使っていて・・・小川さんはきっととても滑稽な発想をする脳細胞を持っていて、それに生真面目そうな見せ掛けカバーを巧妙にかけられる人なんだ?
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アトランティスのこころ

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スティーヴン・キング著

初めてキングさんの本を読んだのは先にも書きましたが、「ローズ・マダー」です。その時は映画化(映像化)していない作品をと思って探しましたが、この本はアンソニー・ホプキンスの映画で見ました。それもほんの偶然に、題名とアンソニーの名で惹かれて「録画」しておいたものでです。「SFファンタジー」かと思ったのに。
見てから原作がスティーヴン・キングだと知りました。
彼の作品では「スタンド・バイ・ミー」「グリーン・マイル」に続いて気持ちよく見られた作品でした。なにしろアンソニー・ホプキンスさんが魅力的な老人を演じて(この人の目は温かいとなったら・・・本当に温かい!でも違うとなったら・・・!)、少年期を描いた心温まる作品でしたから。本当にいい映画でしたよ。母親役の女優さんがいかにもそれらしく?って、少年と母親の微妙な関係を表現していて・・・「見で?」のある映画でした。だから次にキングさんを読む時はこれって決めました。
映像で見る限り老人テッドには超能力?(不思議な力)はあっても恐ろしいものの様ではありませんでしたし(彼自身は悲しい宿命の下に身を潜めていたようでしたが?)、むしろそれより少年の幼き日の悲しみやテッドとの交流で得たもの(父性とか父の発見とか友情・絆、本への感性、能力?等)、そしてその成長が全体を覆う超自然的な不安の下でさえも、どちらかというと甘悲しい映画でしたから、これならいいでしょう?
ところが小説はとても長くてボビーの少年期の話は全体の構成の中の2分の1ぐらいでした。結果的には映画は実にウマイところを選び取って脚本・監督が見事だったということでした。
さて、本の方の話です。
この大作は・・・最もキングにとっては大作のうちに入らない?・・・5部構成、上巻1部「黄色いコートの下衆男たち」下巻2部「アトランティスのハーツ」3部「盲のウィリー」4部「なぜぼくらはヴェトナムにいるのか」5部「天国のような夜が降ってくる」
映画はその1部と5部の終わりをつないだもので、残りは省いてありました。私が面白く読めたのも丁度その部分でした。それだけで十分物語り読みには楽しいわくわく小説になっていますが、全部通して読むとここ40年間のドキュメントの色合いを帯びるようです。どの巻にもポイントになる「不思議」が微妙なかげりを帯びて支配しています。そこがキングなのだろうな・・・と、思い始めています。
そしてそこが読者をひきつけて止まないのだと。
ひょっとしたら「映画で見たから読むの止めよう、キングさんは。」・・・と思っていた私が方向転換するきっかけになるかも?
それは厭なんですよ、実のところ。何しろキングの作品はどれも長いんですもの。大抵は怖いし!
「アトランティスのこころ」は時代が人間に及ぼしたものの方がキングの味付けより怖くって、結局人間ほど恐ろしい物はないのだと今気が付いたところです?
60年代半ばに大学生になった私はあの時代の空気を覚えています。といって、私は何をしたということも無かったのですし忘れかけてはいますけれど(殆ど忘れていた!)、この作品を読んでいるとあの頃アメリカで私と平行な時空を歩いていた学生や若者の痛みがどれだけのものだったのかが、キングの多用する風俗・映画・音楽の間からにじみ出てきてひどいケロイドを見せ付けられるようです。
「ヴェトナム帰還兵は癌になる」「ヴェトナム帰還兵は鬱になり、酔っ払い、自殺する」「ヴェトナム帰還兵は歯が悪い」「ヴェトナム帰還兵は離婚する」そして最後の親指「ヴェトナム帰還兵はジッポーを持ち歩く」までの最後の間にサリーが思うアメリカの姿!
今度の戦争の後ではどうなるのかと思うと・・・それが津波のように世界に及ぼす「文化」の事を思うとね。でも1部があって5部に繋がるから、キャロルと一緒に心の底から悲しむ涙を流さなくてもいいのかも知れない。
1部で終らないのが・・・キングなんでしょうね(又言っちゃった)。
「自分の部屋が前より狭苦しく見えた。帰り着く部屋ではなく、立ち去るべき部屋という感じだった。・・・ボビーは自分が成長しつつある事を認めた。頭の奥で苦々しげに反対している大きな声があった。ちがう、そうじゃない。ちがう、ちがう―声はそう叫んでいた。」
ねぇ、キングさんって10代の私のそばにいたんでしょうか?
こんな文章を見つけるために、又キングさんを読むんでしょうね。
ボビーの手を離れてからぐるっと回ってボビーの元に戻ってくる魔法のかかったグローブを手にするのは誰なんでしょう?でもそれにはテッドの温みも不思議ももれなく付いてくる?
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あやし

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宮部みゆき 著

さてさて、妙なめぐり合いで読んでしまいました。
一寸前になりますが、浅田次郎さんの作品を2冊読んで、又何か読もうかな?と思ったら、グッドタイミングで新聞に広告が。
浅田次郎著「あやし、うらめし、あなかなし」明日発売!
この題、ぐっと来るじゃありませんか?
私の心の琴線をキンとかき鳴らしましたね。
字づらも、響きも、平安朝っぽさも、・・・読みたい・・・読むべし!
で、即、図書館検索。ヒット無し。
あらら・・・まだ発売されていないから?予約は行かなくちゃならないのかな?と、思いながら発売翌日・・・申し込みできました・・・500人目!「?」えええっ?
改めて浅田さんの人気の実力?の程を知りましたねぇ。
でもその代わりに「あやし」で検索に引っかかったのが宮部さんのこの本でした。
「あやし」・・・うーん、時代小説っぽい!時代小説だ、時代物に間違いない!
それも、お初ものに近い感じ?本所・幻色系?と言うわけで、読む本が途切れた数日前に申し込みまして、違う分室にあったので届くのに2日かかりましたが、時代小説に間違いはありませんでした。
それも実に怪しい「あやし」でした。
正直読むんじゃなかったなぁ・・・と、思いながら読んでいました。
今までの宮部さんの本の中では一番「毒っぽい?」と言いますか、私的には「不」とか「非」とかの漢字を使って表現したいって感じでした。
この本の感想に適したキーワードを並べよ!と、言われたらもう素直に「恐い」「怖い」「畏い」「懼い」に次いで「不気味」「嫌」「不気味」「嫌」。
ですが、日本の昔ってこういうものに満ちていたのかも・・・なんて、読み終わったら思っていました。
なんか、奈良時代ぐらいからこっち・・・「怨霊」跳梁していたじゃないですか?最近は聞きませんけれどね。
勿論この物語に出てくる何者かは怨霊なんて恐れ多い尊いものではありませんが。
長く使っていた道具なんかも粗末に捨てると・・・化け物になる・・・っていう類の日本の物の怪・・・「何かを恐れる気持ちと、その気持ちが生み出す何か」と、「やましいと思う気持ちとやましさが生み出した何かと」
だから、何かにまたは誰かにやましくなるような事をしてはいけないし、何かを恐れて慎む気持ちを忘れてはいけない・・・っていう今はもう忘れられた「心の緊張感」みたいなものを思い出しました。
そういえば先だって我が家に来た客人が「往生要集」を持っていました。
「大昔お父さんが読んでいるのを見たっきりだわ・・・お若いのに珍しいものを読むのね?」と、言ったら「子供たち(小学生)に地獄を教えておきたくて。」とおっしゃっていました。
凄く頷いてしまいました。「そうだ!そうよ!」
地獄が無くなってから?日本人は恥や、愧や、辱を忘れて自分だけが良ければよくなったんだ・・・って、久しぶりに思い出させてもらいました。
「あやし」の中にはそういう忘れられた「恐れなければならないもの」「畏れなければならないもの」「懼れなければならないもの」が詰まっていました。
この短編集の中では「安達家の鬼」という話だけが好きです。
お母さんの気持ちとてもよく分かるような気がしましたし、お嫁さん以上に多分頷いて聞いていましたよ。私の鬼はどんな目をしているのでしょう?って。
宮部さんもこの本の中に作家の内なる「灰神楽」の灰のようなものを詰め込んだんじゃないかなぁ・・・って言う感じを受けました。
出来得れば、人は感情を凝縮して煮詰めて重石を載せて圧縮・抽出するようなことは避けて、さらさら生きたいものだと・・・特に「うらみ・ねたみ・そねみ」などはさらっと捨てて・・・と、思ったことでした。
出来得れば・・・ですけどね!
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