藤沢周平著

大好きな藤沢さんですけれど、読んでいないものがそれでも未だ何作もあります。大体現代物は読んでいないんです。
この作品はなんとなく取り落としたものの一つです。
短編というか中篇でしょうか、5篇が収録されています。
「又蔵」意外はやくざ物です。
多分手に取る時、市井物でももっと「優しい」と思えるものから先に選んで読んでいたからかもしれません。それにこの作品は特に暗そうでしたし。
だからといって周平さんの暗い作品は嫌いではありません。
「暗殺の年輪」の中の葛飾北斎の心情を描いた作品「凕い海」などはずっしりきますがむしろ好き、魅入られましたし、「海鳴り」なんて妙な感じに身につまされましたし・・・「伊之助シリーズ?」なんて、もっと読みたかったなぁ・・・と惜しんでいます。
周平さんの作り出した主人公のうち「青江又八郎」「神名平四郎」「立花登」なども皆大好きですが(彼らは安心できるんです)、それ以上に伊之助好きですねぇ。心がギュウッとするのです。

まだ生きるにしろ、死んだにしろこの本の中の男たちは何かを選び取るというよりも、何かに突き動かされたのだと・・・そんな話を作者は書きたかったのだと・・・感じました。
「You are my destiny・・・」というフレーズが頭の中に浮かび上がりました。
どの話もどうしようもなく、どう動かしようもなく、こういう運命から切り離すよすがも窺えないほど、ピィシィッと人生が閉ざされる音が聞こえるようでした。
読んでいるうちにこういう男たちに寄り添っていく、いとしく思えていく自分が居て、それが不思議でした。
この物語に共通して現れる女性像はどぎつい色を持っていたり、はかない色を漂わせていたりはしていても、それと知らずに運命の時に現れて男の命運を断ち割っているのが恐ろしくて、出会いというものが持つ底の知れなさに酔わされました。
究極の場では涙と血は同じものなのかも知れないなぁ・・・と、こういう究極の世界をこのような形で見せてくれる作家の凄さを思いました。
女たちが過剰に「見せる・持っている」情には母性が匂っているのが哀れでした。作家は女に何を求めたのでしょうね。
「又蔵」のハツにもそれは見られて、「そんなもの持つんじゃないよ。不幸を纏った男に入れあげてしまうよ。」と、長屋のおかみさんみたいな口調で気遣ってしまいます。でもハツは魅入られてしまうんでしょうね。
その女たちにもこの男たちがやっぱり「Destiny」なのでしょう。
又蔵の突き進む道には理非のかけらも無いでしょうけれど、又蔵を押し流す情だけは暗く深く迫力を持って流れていますものね。
その流れをまともに受けてしまって死なざるを得なかった男にとっては天災でしょう?その家族はどう受け止めればいいのでしょう?受け止められはしませんよ!
やりきれないと思うのに男や女が生き生きしているのですよ、ここでこうしている私なんかより。ちゃんと生きていると思ってしまうんです。そしてどこか羨ましく思う心が私の中に潜んでいます。