蔭桔梗 (新潮文庫) 蔭桔梗 (新潮文庫)
泡坂 妻夫新潮社 1993-03
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   泡坂妻夫著 

短編11作。 職人の世界、昭和戦前の世界という感じ。今より家庭で仕事している父や祖父や…その背中が見える世界。 職人がいて、修行中の弟子がいて、客と仕事をつなぐ商家があって…小さな世界が重奏しているなつかしさのある世界。「控え目」という言葉が支配している世界の感じ。たとえば…恋は声高なものではなくて、ひそやかで、それより優先されるもの…謙譲や義理やおもんぱかりや…さまざまなしがらみ。そういうものが混在しながら居住まいがこぎれいな…という印象の世界。 おしこめられた感情は…底のほうに怪しげに小さなさざ波を立てていながら地表には出てこないというような世界。 かすかな行き違いや思い違いであるべきではなかった人生を生きることになったり…でもそれは自然な成り行きのように埋没していく。 ひそめた声で生きていく普通の人々がしっとりと色っぽい。表題の「蔭桔梗」実際にこの作家は紋章上絵師ということで、この作品世界の情感は際立っていた。成り行きをせつなく感じながら読んで堪能した。また「簪」という1篇があって、この作品のおぼろに包まれた無垢な恋の執念に心ひかれた。「不思議な話は他にも聞いた」炎の中で人の情念だけが燃え残って小さな光芒を放ったのだろうか。不思議に心をとらえる物語世界だった。しかもこの心情そのものがもう日本からおぼろな影になって最後の光芒ももう消え果てているような悲しさも感じてしまった。懐かしいだけで終えたくない…そんな執着を感じている。