見知らぬ海へ (講談社文庫) 見知らぬ海へ (講談社文庫)
隆 慶一郎講談社 1994-09
売り上げランキング : 34157
おすすめ平均 Amazonで詳しく見る
by G-Tools

misiranu.jpg

隆慶一郎著

そんなわけで(「一夢庵風流記」参照)この本も続いて旦那から。
この本の場合は彼の城廻の方の関連がより深いようです。それに静岡の海や城はなじみのある懐かしいものですから。
武田といえば山梨・・・なんか海とは縁があるような気がしませんが、その武田家も恋焦がれた海・湊を持っていた時期があります。武田の海軍、意外と知られていないかもしれませんね。その武田の海軍の本拠地が清水港。そこで育ち武田家滅亡の後、向井水軍を率い北条水軍と駿河湾での決戦を経て大きく成長していく水軍の将を見事に描いた作品です。
慶次郎に惚れたように、やっぱり読む人を惚れさせずにはいない見事な男を描いています。多分男が惚れる男がテーマなのでしょうけれど、それはやっぱり男も女も人が惚れる人ということでしょう。
こんな男今の時代にいやしないわ・・・とため息も出ようものですが、でも時代が要求する人物というのはいるようで、時代にはその時代を見事に生きる人が必ずいるものです。あの時代だからこそ坂本龍馬は輝き高杉晋作は光る。そしてこの向井正綱もこの時代だからこそ輝いた・・・ということはあるのでしょうね。それでも、隆さんが拾い上げなければ本の好事家の間だけでひっそり知られただけの存在で終ったでしょうに。
歴史小説を書く人の真の喜びは自分が歴史の闇から引っ張り出した人がちゃんと明るみの中をひとり立ちして歩き出すことなのかもしれないな・・・なんて思いながら読んでいました。
この先駿河の海を見ると、ここで自らを磨き上げ素晴らしく強い水軍となって戦い抜いて死んでいった男たちの亡霊を見られるのではないか?という気がしてきます。
しかもこの向井正綱という魚釣りの大好きなのどかな気質の人があの時代にではなく生まれていたらニコニコと素直に釣り糸を垂れて一生を送ったに違いないと思われるだけに、ある意味時代を得て生まれた人って幸せなのかも・・・とも思われるのですが。反対に名を残すことの裏にある人生の凄みは決して幸せなものではないのかもとも思わされるのです。無名で死んでいく幸せというものをもまた合わせて感じられた作品でした。
それにしても戦国時代にはどれだけの漢が排出したのでしょうね?今後もどんな人物に光が当たることか・・・と、思うと、もう隆さんの新しい作品にお会いできないのが本当に残念です。全部の作品を読もうと思いますけれど・・・少ないのです。