巷談本牧亭 (1964年) 巷談本牧亭 (1964年)
安藤 鶴夫桃源社 1964
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安藤鶴夫著

なんで今頃?と、思う本だ。子供の頃?既に父の本棚に何冊かの安鶴さんの本は並んでいた。あの頃父は落語が好きで鈴本に通っていたのを横目に?一寸羨ましく見送っていたっけ。だからか安鶴さんの本も愛読していたのだろう。でも結構父に隠れて父の本棚の本を背伸びして読んでいた私も安鶴さんの本に手を出そうとは思わなかった・・・のだ。それが今頃読んだのは、父がこっそり我が家に運んできたからである。父と弟の二世帯住宅の2階には贅沢なことに弟の書斎の隣に図書室なるものがある。同居した時父の沢山の蔵書もそこに収まった。ところがあの家は皆読書家。本がどんどん増えていき床が落ちかねない?というわけで弟夫婦は黄色くなった古い本の大処分に踏み切った。・・・となると当然まずは父の本だろう?大事だったはずの藤村全集・谷崎源氏始め明治大正期の文豪の作品集は一括りに玄関先に。その中から美術全集と安鶴さんをかろうじて父は救い出したらしい。周五郎さんの黄色くなった文庫は私が駆けつけて拾い上げた。そんなわけで昭和39年から我が家にあった本を今頃読んだのである。で、なんで今まで読まなかったのだろう!と、思いつつ私は次の「寄席紳士録」に取り掛かるところである。
凄い!のだ。素晴らしいのだ。面白いのだ。ここに登場してくる芸人さんとその芸人さんを愛する人々の日常が本当に(むくむく心の中で蠢くほどに)活写されていて生き生きしていて個性的で魅力的で泣きたいほど可愛いのだ。
この登場人物たちはもう既に殆ど全部の方がこの世にはいらっしゃらないのかもしれないが、確かに居たのだ!という実感がものの見事に!確かなのだ。皆好きだ、皆見事だ!そういいたいほど。
特に私は桃川燕雄さんが大好きだ。川崎福松さんとの生活が見事だ!そうとしか言えない。こういうお二人を読んでいると、なんと今の私たちの騒々しく饒舌で中身の無いことか!と、我ながら感嘆してしまうほどである。服部伸さんとこのお二人が故障した信号の前で立っている姿を思うと・・・この本の終わりの佇まいがそのままある一つの美しい時代の終わりの佇まいに思われてくる。
それに本牧亭のおひでさんは私の高校の先輩だったのだ。クラス会の場面のなんと心にしみたことか!だからこの本の中の地名は全部私の縄張りだったのだ・・・なんと遠くなったことか!いや、遠くしたのは私自身。私の怠惰だったと思われて、妙に忸怩としたものも有るのだけれど、それを押し流す勢いで何故か私の覚えているはずの無いあの頃の芸人さんたちが懐かしく迫ってくるのである。
「ああ、桃川燕雄という人が居たんだ!」
田代光さんの挿絵がまたなんとも言えず味わい深いのだ。