クローニン著

この作家の作品はこれ一冊しか読んでいないのに、お薦めと言うのは気が惹ける。
しかしこの作品は是非読んでもらいたいと思う一冊なのだ。
私が初めて読んだのは二十歳過ぎた頃で、その時に買った新潮文庫が黄色く手ずれして今も私の手元にある。
どこへ行こうと、様々な本を整理しなければならなかった時にも手放す気になれなかった。
まるで私の良心の番人のようで・・・
気持ちが停滞している時、鼓舞したい時、この本を手に取ってみようと思う。
初めて読んだ時に、この作品の主人公が分け入り目指した茨の道の凄さと、それに挑んでいく粘りと頑固さに、心から敬服してしまったからだと思う。
特に最近のニュースで見る世相、特に若者のあり方、などを読んだりTVで見たりするとこの作品をふっと思い出してしまう。
貧しさの質?も変わり、働くと言うことの概念も変わり、生きることの意味もまるで変わってしまったような今、果たしてこの物語の中にあるような過酷な人生を「選択する」意義があるのかとも一方で思う。
しかしまた「いやいや、ヤッパリ人生の本質は不変だろう。」とも「若者の本質は変わらないだろう。」とも思う。
ただ、今は情報に流されることが多すぎて、自分で自分の人生の意義を見つけ難くなっているだけだろうとも思う。
だからこそ今この小説を読む意味があるようにも思えるのだ。
失われたものを求めて、見出せないものを望んで。
熱く生きるということ。
過酷なものをあえて選択するということ。
間違った道に行ってしまっても戻る方法はあるのだということ。
勇気を出せば出しただけの価値を見出せるということ。
きちんと自分を持っていれば、それを認める者もいるということ。
主人公の医師アンドルウ・マンスンの希望と絶望の中での挑戦と成長から感じるものが絶対あると思う。
挫折して、挫折して、なお諦めず進むその姿。
理想が潰えて、名声や富に屈した時の姿。
そしてまたそこから立ち直った時の満身創痍の姿。
運命と意志の力について、考えさせられ、感じさせられることと思う。
この作品を読むたび私は自分を愧じ、うなだれてしまう。
しかしまた、「人間て凄いんだ!」とも思い、「せめて何か一つ努力しよう!」とも思う。
だらけた時に自分をリセットするスイッチのような私の一冊。

ちなみに中村能三さんは翻訳者で、また補足として紹介している「人生の途上にて」竹内道之助訳はクローニンの自叙伝的小説ということなので興味がある向きにはと思って掲載しました。