藤沢周平著

昨日新聞を読んでいたら何かの雑誌の「2大人気作家、藤沢周平と司馬遼太郎の比較」という記事の広告が出ていた。
「こんなのが出ているよ。」と朝食を食べている夫に言ったら、「全然違うものを比べる必要があるか?何のために比べるんだ?比べる意味ないじゃないか!」とおっしゃいました。
ごもっとも!と、私も答えました。
確かにネ。「2大人気作家に違いは無かろう!」とは思いますが、この二人の作品は「まさに右と左、甲乙つけるというものではござらぬ。」という感じですか。
でもそれじゃぁ評論家さんのお仕事は随分限られてしまいますよ。
無理を通してもテーマを見つけるという姿勢こそが?面白い評論や論文を作り上げるこつ・・・卒論のテーマみたいに?そう、苦労しましたねぇ・・・大昔!
その雑誌はどの作品で何を比較しているのか知りませんが、意味や意義は後から付いてくる!
というようなわけでその後ぼんやり考えていたのですが、それで思い出したのが司馬遼太郎様の「梟の城」と藤沢周平様の「闇の傀儡師」です。なんてったって冒険物が一番好きな私、正直に言うと司馬さんに夢中になったのは一番初めに「梟の城」を読んだからですよ!「尻啖え孫市」とか読み進んで「国盗り物語」など戦国時代を舞台にした作品でもう面白くて面白くて・・・となったのでした。維新物も好きでした。でも明治が舞台の作品になって、作中人物が余りにも等身大?に近くなってきてなんとなく匂いまで現在と近くなってきてからは余り面白くなくなってきて、史談・地理・民俗・国家・・・なんて論ずるようになると私の興味は褪せてきたというのが正直なところです。
でも司馬さんの作品の膨大さを考えると・・・やっぱり比較なんて出来るもんじゃないなぁと・・・思っちゃいますね。
私は評論家でも分析家でもなくただただ面白いものが読みたいだけの読書趣味さんですもの、自分の好きな本だけありがたく読ませて頂くだけです。
藤沢周平さんはその点面白くなくなってきたなぁ・・・と、思うことはとうとう無いまま・・・私にとっては最初から最後まで面白く読ませる作家のままでした。全作品を読み終わったわけではありませんが、今まで読んだ作品全てが好きです。そして藤沢さんの「闇の傀儡師」を始めて読んだ時、ふと「梟の城」を思い出したんだという事をこの新聞の広告を見たときに思い出したのです。
「ああ、藤沢さんにもこんな伝奇小説があるのか!」でした。
そのとき時代小説を書く人はやっぱりこんな風な冒険活劇、筋立ての波乱万丈な作品を書いてみようと思うんだ!と思ったのです。
若いときに読んだ分ストイックにニヒルに見える、しかし激しい気性情念を持つ「梟の城」の葛籠重蔵の重さは物凄く魅力的でしたし、物語を主人公の向かう方角に引っ張っていく迫力も無常も、あくの強すぎるくらいの登場人物たちの性も申し分なく魅力でした。
が、今は「闇の傀儡師」の主人公鶴見源次郎の抑制の利いた静かな資質が好もしく思えます(23歳ですと!)し、作中しっかり書き込まれていく緻密な生活感がちょっとした清涼剤にも読み応えにもなって読後感が安らぐ感じがして好きです。登場人物全般に癖もユルイ?ようなところも含めてです。
もっともこの手の作品ならもうちょっと暴走してくれても良かったかなぁ・・・
それは私の年のせいだけではなく時代の色のせいもあるような気はしますけれど。
藤沢さんの作品に登場する浪人さんたちの生活の苦労がご本人?たちには申し訳ないながら楽しく読めるので青江又八郎さんも神名平四郎さんもこの鶴見源次郎さんも愛しちゃうんです。
この作品の田沼意次の造形にも興味が惹かれます。田沼意次って書く人、作品により色々な表情を持つ人物にできる、実在の人物としては最高の江戸時代キャラクターですよね。使いようで180度様々な性格・評価を付与できる特異な魅力的人物ですね。
私の子供の頃は賄賂で有名な政治家でその後の松平定信時代の方が「寛政の改革」として評価されていたんじゃなかったでしょうか。物語で登場させるには、松平定信は怜悧・清潔の度合いぐらいしかいじれそうもありませんけれど。
池波さんの「剣客商売」の田沼さんはまぁちょっと出来すぎ?ですが。